四号線駅
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| 四号線駅 | |
|---|---|
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しごうせん Shigōsen | |
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| 所在地 | 北海道紋別郡湧別町字錦 |
| 所属事業者 | 北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 | 名寄本線(支線) |
| キロ程 | 3.0 km(中湧別起点) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面1線 |
| 開業年月日 | 1955年(昭和30年)12月25日[1] |
| 廃止年月日 | 1989年(平成元年)5月1日[1] |
| 備考 | 名寄本線廃線に伴い廃駅 |
四号線駅(しごうせんえき)は、北海道(網走支庁)紋別郡湧別町字錦にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)名寄本線(支線)の駅(廃駅)である。名寄本線の廃線に伴い1989年(平成元年)5月1日に廃駅となった[1]。
歴史
[編集]1955年(昭和30年)12月25日に名寄本線・渚滑線・興浜南線でレールバスの運行が開始されると同時に[2]、利用者の利便を図って仮乗降場として増設された旅客駅のひとつである。
仮乗降場時代の一時期は事前に車掌へ降車する旨を伝えておかないと、乗降場を通過して運行することがあった[3][4]。なお、このような取り扱いは国鉄の規則に違反するものであった。末期は乗降客がいなくても停車するようになった。
年表
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駅名の由来
[編集]当駅の所在地の昔の地域名より[5]。「四号線」の名は、開拓期に碁盤状に設けられた道路の名に因む。また、当駅遠軽方を東西に通る道路が「東四号線」「西四号線」と名付けられていた[6]。
駅構造
[編集]廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の北西側(湧別方面に向かって左手側)に存在した[7]。転轍機を持たない棒線駅となっていた。
仮乗降場に出自を持つ無人駅で、駅舎および待合所も存在しなかった[7][8]。ホームは遠軽方にスロープを有し[7]駅施設外に連絡していた。板張りのホームであった。
駅周辺
[編集]駅跡
[編集]2001年(平成13年)時点でサイクリングの休憩場所である「リララの広場」となっていた[9]。2011年(平成23年)時点でも同様で、散歩者用の休憩場所でもあった[10]。
隣の駅
[編集]脚注
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』(初版)JTB、1998年10月1日、913頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- ↑ 日本国有鉄道旭川鉄道管理局 編『旭川・鉄道八十八年の歩み』日本国有鉄道旭川鉄道管理局、1987年3月、83頁。doi:10.11501/13278510。
- ↑ 『終着駅 国鉄全132』雄鶏社、1980年10月、27頁。ASIN B000J83NES。
- ↑ 宮脇俊三「第7章」『時刻表2万キロ』角川書店、1984年11月。ISBN 978-4041598016。
- ↑ 太田幸夫『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』富士コンテム、2004年2月、188頁。ISBN 978-4893915498。
- 1 2 3 4 5 6 7 『北海道道路地図 改訂版』地勢堂、1980年3月、18頁。
- 1 2 3 工藤裕之『北海道廃止ローカル線写真集 追憶の鉄路』北海道新聞社、2011年12月、138頁。ISBN 978-4894536197。
- ↑ 本久公洋『北海道の鉄道廃線跡』北海道新聞社、2011年9月、114頁。ISBN 978-4894536128。
- ↑ 宮脇俊三 編『鉄道廃線跡を歩くVIII』JTBパブリッシング〈JTBキャンブックス〉、2001年7月、36頁。ISBN 978-4533039072。
- ↑ 本久公洋『北海道の鉄道廃線跡』北海道新聞社、2011年9月、128頁。ISBN 978-4894536128。
