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喜瀬浩

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喜瀬ひろしから転送)

喜瀬 浩(きせ ひろし、1947年昭和22年〉4月30日[1] - )は、フリーアナウンサー、元札幌テレビ放送(STV)アナウンサーである。番組などでは「喜瀬ひろし」と表記されることもある。

略歴

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北海道亀田郡亀田村(現:函館市)出身。

協和銀行に勤める父の転勤により、小学校から大学まで東京都世田谷区池尻及び町田市で育つ。

世田谷区立富士中学校東京都立駒場高等学校中央大学法学部政治学科卒業[1]

1970年札幌テレビ放送入社(同期は阿久津正行、平山恵美子、暮地雅子)[1]

1970年代後半よりラジオ番組を中心に担当し、日曜朝のベストテン番組「北海道 young Hit 10」などで人気を得た。

熱狂的な東京ヤクルトスワローズのファンである。

HBCと自社制作番組で長くライバル関係にあった平日14時台のテレビ番組『2時ワイド』を担当後、1985年より『ときめきワイド』を23年間にわたって担当した。

編成局アナウンス部付専門部長職を最後に、2007年4月30日付で札幌テレビ放送を定年退職。以降もフリーアナウンサーとして、『ときめきワイド』『オハヨー!ほっかいどう』(木曜日・金曜日)など、STVラジオを中心に活動している。

元々歌手志望だったこともあり、アナウンサー時代に歌手としてCDも発売した。

初めてラジオネームを使用したとされている。

現在の担当番組

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テレビ

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ラジオ

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過去の担当番組

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テレビ

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ラジオ

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CD

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シングル

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以下、登場している人名はすべてSTVアナウンサー(当時)。

  • 時計台のある街 (1985年)
    • 当時、パーソナリティをしていたラジオ番組「奥様ジャーナル」で、作詞作曲者不詳だったこの曲が話題となり、同曲のレコードを出すことになった。
    • B面は、大澤宏一(当時「歌謡ワイド ハイ大沢です」パーソナリティ)「愛を贈ろう」。
    • 後に同曲の作詞作曲者が、札幌を中心に活動するミュージシャン浅沼修が17歳当時に発表した作品と判明した。
  • 愛の二重奏(1990年11月21日発売。織田亮子とのデュエット、日本コロムビア。カップリングは明石英一郎木村洋二の「“ん”音頭」)
  • ふたりの札幌(1999年11月19日発売。室田智美とのデュエット、ポニーキャニオン
  • あしたへの道(2002年3月16日発売、日本クラウン。両A面で工藤じゅんき「映画のような人生を」も収録)

その他

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以下の作品にも参加している。

CM

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脚注

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  1. 1 2 3 4 5 6 DJ名鑑 1987三才ブックス、1987年2月15日、194頁。
  2. 喜瀬ひろしの青春演歌(@kise_enka)さんがツイートしました: 喜瀬ひろしより、この春から新たに仲間に加わったラジオニセコ(@niseko762)をお聴きの皆さんへメッセージです🌸

外部リンク

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1975年アタックヤングパーソナリティ
曜日1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
月曜高野義雄 喜瀬浩
火曜小林裕幸 河村通夫
水曜工藤浩 村上元昭
木曜村上元昭 高野義雄
金曜臼井佳子
土曜放送なし
日曜喜瀬浩 横山和之