善意
善意(ぜんい)とは、一般には、よい心、他人のためを思う親切心や好意、また相手の言動を好意的にとらえることをいう[1][2]。対義語は悪意である。
法学、とくに私法上の用語としては、道徳的な意味での善悪とは異なり、ある事情を知らないことを善意、知っていることを悪意という[2][3][4]。この意味での善意は、親切心や善良な動機を意味するものではない。
語義
[編集]一般語としての善意には、よい心、善良な心、立派な考えという意味がある[2]。また、他人のためを思う親切心、好意、他人の良心を信じる心、好意的に他人を見ようとする心を指すこともある[1][2]。たとえば、「善意の人々」という表現では、他人のためを思う親切心や好意が含意される[1]。
さらに、善意は「善意に解釈する」のように、相手の発言や行動をよい意味に受け取ること、または好意的に解釈することを意味する[1][2]。この意味では、相手の言動をただちに悪く受け取るのではなく、できるだけ好意的に理解しようとする態度を表す。
対義語の悪意は、日常語では、他人を憎み、害を加えようとする気持ちをいう[5]。また、「発言を悪意に取る」のように、よくない意味に受け取ることも指す[5]。
『日本国語大辞典』では、善意の用例として、森鴎外『高瀬舟』における「善意」、夏目漱石『吾輩は猫である』における「善意を以て……解釈してやれば」、森鴎外『雁』における「善意に解釈して」などが挙げられている[2]。これらの用例では、善意は、善良な考え、他者への好意、または好意的な解釈を表す語として用いられている。
日本語では、善意に近い語として、好意、親切、慈善、良心などがある。ただし、これらは完全な同義語ではない。好意は相手に対する好ましい感情、厚意は相手への思いやりや親切な配慮、慈善は困窮者などへの救済的な行為、良心は自己の行為を道徳的に判断する内面的な意識を指す場合が多い。善意は、これらと意味領域を重ねながら、心のあり方、動機、相手への解釈の仕方などを広く含む語である。
法律用語としての善意
[編集]法律用語としての善意は、一般語としての善意とは意味が異なる。法律上、善意とは、ある事情を知らないことをいい、悪意とは、その事情を知っていることをいう[1][5][3][4]。この用法では、倫理的な善悪という要素は含まれない[3][4]。
たとえば、盗品や遺失物であることを知らずに買った者は、法律用語では善意の買い主と説明される[2]。この場合の「善意」は、その者が善良な人であるとか、親切な意図をもっていたという意味ではなく、問題となる事情を知らなかったという意味である。
法律上の悪意も、日常語の「害意」や「悪い心」とは異なる。法律用語としての悪意は、法律上の効力に影響を及ぼす事情を知っていることを意味し、道徳的な善悪とは異なる[5]。
私法における機能
[編集]私法が善意と悪意を区別するのは、取引の安全を保護し、取引を円滑にするためである[4]。ある事情を知らない取引当事者を保護する必要がある一方で、その事情を知っている当事者は保護する必要がないと考えられるためである[4]。
私法上、善意者は保護され、その責任が軽減されるのが一般原則であるとされる[3]。ただし、善意であるだけで常に保護されるわけではない。条文や制度によっては、善意に加えて、知らなかったことについて過失がないこと、すなわち無過失が要求される場合がある[4]。
このため、法律上は、単に「善意」であるかどうかだけでなく、「善意無過失」であるかどうかが問題となることがある。反対に、事情を知らなかったとしても、注意すれば知ることができた場合には、保護の範囲が制限されることがある。
日本民法における例
[編集]日本民法には、善意または悪意によって法律効果が異なる規定が複数存在する。
虚偽表示に関する民法94条では、相手方と通じてした虚偽の意思表示は無効とされるが、その無効は善意の第三者に対抗することができないとされる[3][6]。ここでいう善意の第三者とは、当事者間の取引が虚偽表示であることを知らない第三者をいう[3]。
詐欺による意思表示の取消しについても、善意で、かつ過失のない第三者との関係で、取消しの効果を対抗できない場合がある[4][6]。
代理に関しても、代理権があると信じた第三者の保護が問題となることがあり、民法112条などが善意・悪意の区別に関わる例として挙げられる[4][6]。
不当利得では、善意の受益者と悪意の受益者とで返還義務の範囲が異なる。善意の受益者は、利益の存する限度で返還すれば足りるのに対し、悪意の受益者は、受けた利益に利息を付して返還し、なお損害があるときはその賠償責任を負う[3][6]。
占有における善意
[編集]一般には、ある事情の存否について疑いを抱いただけでは、その事情を知っているとはいえず、悪意にはならないと解されている[3]。しかし、占有について善意・悪意を区別する場合には、善意の意味がやや異なる。
占有における善意とは、単にある事情を知らないことにとどまらず、自己に占有を正当化する権利、すなわち本権があると確信することを意味するとされる[3]。そのため、本権の存否に疑いを抱いている場合には、悪意占有となると解されている[3]。
例外的な用法
[編集]法律用語としての善意・悪意は、通常、倫理的な意味での善悪を含まない。しかし、例外的に、法律上の「悪意」に倫理的な意味が含まれる場合もある[3]。
その例として、裁判上の離婚原因である「悪意の遺棄」がある[3][6]。この場合の悪意は、単に事情を知っているという意味ではなく、他人を害する意思を含むものと説明される[3]。
英語との対応
[編集]善意に対応する英語表現は、文脈によって異なる。一般語としての善意は、good will、good intentions、good faith などと訳されることがある[7]。一方、法律上の「善意の取得者」や「善意の購入者」は、bona fide purchaser などと表現される[7]。
ただし、英語の good faith は、文脈によっては「事情を知らないこと」ではなく、誠実さ、信義、または信義誠実の原則に近い意味で用いられることがある。そのため、日本法における「善意」と英語の good faith は、常に一対一に対応するわけではない。
同名作品
[編集]『日本国語大辞典』では、「善意」は和泉流の番外曲である狂言の曲名としても挙げられている[2]。この曲は、貧しく親を養いかねた男が盗みに入り、捕らえられるが、事情を話して許されるという内容である[2]。