周大文

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Who's Who in China 5th ed. (1936)

周 大文(しゅう だいぶん、中国語: 周大文; ピン音: Zhōu Dàwén; ウェード式: Chou Ta-wen1890年光緒16年) - ?)は、中華民国の政治家。莘章江蘇省常州府無錫県の人。

事績[編集]

天津新学院を卒業後、奉天派に属する。奉天督軍公署電務処長、東三省巡閲使秘書長、東北電政監督、本渓湖煤鉄公司督弁を歴任した。易幟後の1931年民国19年)8月に、国民政府実業部開灤鉱務督弁に任ぜられる。1931年(民国20年)2月から1933年(民国22年)6月まで北平特別市市長に起用された(ただし1932年1月までは、青島市長でもあった胡若愚が市長代理を務めている)。1932年(民国21年)、周大文は東北政務委員会委員、北平政務委員会財政整理委員会常務委員に任命されている。以後、周の行方は不明である。[1][2]

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  1. ^ 劉国銘主編(2005)、1593頁。
  2. ^ 徐主編(2007)、896頁。

参考文献[編集]

 中華民国の旗 中華民国(国民政府)国民政府
先代:
張蔭梧
北平市長
1931年2月 - 1933年6月
(1932年1月まで
胡若愚が代理)
次代:
袁良