名越家昌

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名越 家昌(なごし いえまさ、生年未詳 - 寛永6年4月14日1629年6月5日))は、安土桃山時代から江戸時代初期に活躍した釜師。父は名越善正、兄に名越三昌、名は弥五郎、号を随越という。

経歴[編集]

  • 慶長19年(1614年)、国家安康、君臣豊楽で知られる方広寺大梵鐘の鋳造に当たり、兄の名越三昌と共に多数の鋳物師を統率して完成させた。
    • この功績により越中少掾、日本鋳物師棟梁と名乗ることを許された。
  • その後江戸幕府の命で江戸に行き、江戸名越家を興し、京都で没した。

作品[編集]

  • 日光市の慈眼大師堂に銅灯籠1基が残されている。
  • 釜に確実なものは確認できない。

子孫[編集]

  • 江戸名越家は代々弥五郎を称し幕府御用釜師として幕末まで存続、現在でも子孫が釜作を行っている。

参考資料[編集]

  • 大西清右衛門『茶の湯の釜』淡交社、2004年 ISBN 4473031438