同和団体

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同和団体(どうわだんたい)は、部落問題に関連する主に当事者団体。異なる政治的背景を持つ複数の団体が存在し、運動方針においてそれぞれ独自の路線を打ち出しているが、日本政府が交渉対象団体として認めているのは、自由同和会全国地域人権運動総連合部落解放同盟 の3団体である。かつて全日本同和会も政府の交渉対象団体だったが、同和利権がらみで不祥事が続発したために排除された。

なお、部落解放運動内部では、俗に「六千部落、三百万人の兄弟姉妹」という言葉が流布されてきた。それに基づくなら、主要4団体(解放同盟、全国人権連、自由同和会、同和会)に所属する部落出身者は全体の4分の1以下ということになる。また、これらの組織の構成員は部落出身者のみにとどまらない。

全国的行政対応団体[編集]

自由同和会
全国地域人権運動総連合
部落解放同盟
  • 略称、解放同盟。単に同盟と自称することもある。また日本共産党やその関連団体からはカギカッコつきの「解同」、中核派系列の全国連からは解同本部派という略称で呼ばれる。1946年結成の部落解放全国委員会の後身として1955年に誕生。日本共産党以外の全ての国政政党にパイプを持つ。人権擁護法案の成立に向けて自民党公明党社民党の一部の政治家と手を結ぶものの、組織幹部の松本龍松岡徹民主党から国会に送り出すなど、特に民主党と関係が深い。部落差別は全体としては解消の方向にあるものの、なお根強く存在し、一部にはそれを拡大助長する動きもあると主張。政府が交渉対象団体とする同和団体の中で唯一、糾弾を部落解放運動の生命線と位置づけている。日本労働組合総連合会と連帯。研究部門として部落解放・人権研究所を、出版部門として部落解放同盟中央出版局と解放出版社を、報道部門として解放新聞社を持つ。機関紙は『解放新聞』。1987年5月の段階では、登録員約17万4200人、全国に43都道府県の支部を持っていた。2010年のデータによると同盟員の数は7万人を割り、平均年齢が60歳を超えるなど、組織の高齢化が進んでいる[2][3]角岡伸彦は2012年9月に「最盛期には18万人いた部落解放同盟員は、現在その3分の1の6万人にまで激減した」と記している[4]

地方自治体対応団体[編集]

愛媛県同和対策協議会
岐阜県民主同和促進協議会
同和協議会鹿児島県連合会
奈良県部落解放同盟支部連合会
部落解放愛する会
  • 1973年11月、部落解放同盟埼玉県連合会から分裂成立した組織。水平運動以来の活動家で部落解放同盟埼玉県連委員長などを歴任した野本武一の死後、県連委員長のポストは武一の息子の野本勝彦に世襲された。この野本勝彦委員長を中心とする部落解放同盟埼玉県連合会幹部の不正や腐敗に対する反乱から結成された[5]。全解連埼玉県連大会に祝電を送り、日本共産党系の「国民融合をめざす部落問題埼玉県会議」に加盟を申し入れている[6]。機関紙は『荊棘』(けいきょく)。埼玉県東松山市に中央本部を置き、栃木県茨城県埼玉県で活動している。
部落解放愛する会正統派埼玉県連合会
部落解放北足立郡協議会
部落解放推進の会長野県本部
  • 部落解放同盟長野県連から1978年12月に分裂した組織。"部落解放同盟長野県連刷新の会"から改称。機関紙に『解放長野』。2006年春に部落解放同盟長野県連に再統合された。
北埼・埼葛同和対策運動連合会
崇仁協議会
全日本同和会
  • 略称、同和会。元は自民党系列。1960年に結成。歴史的には解同に次いで古い全国的組織であり、解同内部の保守層の組織として誕生。「過去の開放運動(原文のママ)の歴史的な推進過程の中で、差別糾弾闘争は国民に恐怖感を与え、差別意識を温存させる結果を招来させており、この様な観点から解放運動は『対決と闘争』中心のみでは完全解消を期することは出来ないという教訓を学び、この教訓からわれわれは、『対話と協調』により、国民の理解と合意を得」ることを謳う。不祥事が続発したため、自民党からも連帯関係を全自同に移された。1987年5月の段階では、登録員約35万人、43都道府県に支部を持つ。
日本同和清光会
部落解放同盟全国連合会
  • 略称、全国連。中核派系列。1992年に部落解放同盟大阪府連合会から分裂した組織。糾弾闘争においては部落解放同盟よりもさらに積極的な立場を取る。しかし、時として与党と手を結ぶことも厭わない部落解放同盟(全国連はこれを「解同本部派」と呼ぶ)の政治姿勢を、体制の手先に成り下がったものと呼び、激しく批判している。人権擁護法案については、糾弾の推進を妨げるものとしてこれに反対する。研究部門として部落解放理論センターがあり、機関紙に『部落解放新聞』がある。2013年、全国連からの分裂組織として全国水平同盟大阪府八尾市で結成され、全国連中央本部と対立している[7][8]
(註)これらの他、行政対応しない団体は泡沫組織も含めて数百にのぼる。また、部落解放同盟から除名を受けた者たちが、部落解放同盟と無関係であるにも拘らず「部落解放同盟」を名乗って活動している例も存在する[9]

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『ヒューマンJournal』第177号6頁、2006年6月
  2. ^ 高山文彦『どん底』p.394
  3. ^ 臼井敏男『部落差別をこえて』(朝日新聞出版、2010年)
  4. ^ 『ピストルと荊冠』p.246
  5. ^ 中原京三『追跡・えせ同和行為』p.20(部落問題研究所出版部、1988年)
  6. ^ 中西義雄『部落解放への新しい流れ』p.260
  7. ^ 部落解放の新組織・全国水平同盟をついに結成
  8. ^ 全国連西郡支部青年部機関紙『スプリット』6号: 全国水平同盟西郡支部
  9. ^ 岡山市神下町内会有志 部落解放同盟岡山支部について

外部リンク[編集]