吉野ゆりえ

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吉野 ゆりえ(よしの ゆりえ、1968年3月6日 - 2016年7月30日)は、日本の元ダンサー。本名は吉野 由起恵(よしの ゆきえ)[1]

経歴[編集]

大分県竹田市出身。大分県立大分雄城台高等学校筑波大学第三学群国際関係学類卒業。東京アナウンスアカデミー・アナウンス専攻科修了。大学在学中に「ミス日本」を獲得。大学卒業後、社交(競技)ダンスのプロとしてダンスの本場イギリスに10年間留学。その後、日本テレビ放送網の番組「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」の「芸能人社交ダンス部」コーチを歴任。2002年に現役引退。

2005年、平滑筋肉腫という「がん」に冒されていることを知る。その後、視覚障害者のためのブラインドダンスの大会を世界で初めて開催。「全日本ブラインドダンス選手権大会」は2006年の24時間テレビの中で放映される。また、東京都立八王子盲学校のダンス部「八盲マルベリーズ」の顧問を務めている。

彼女を題材にした日本テレビ系モクスペ感動ドキュメンタリー『5年後、私は生きていますか?』が2008年5月22日に放映された。またTBSテレビ私の何がイケないの?」(2014年8月18日放映「ミス日本特集」)でも、その後を取材した模様が放送された。

後腹膜平滑筋肉腫の告知から10年生存は達成された(2015年4月)。2012年夏より東京大学医科学研究所に所属し、東大経済学部松井彰彦教授の「社会的障害の経済理論・実証研究」のプロジェクトメンバーとなる。2016年星槎大学客員研究員。『かまくら春秋』に2013年から「「がん」と闘う舞姫」、2015年から「キャンサーギフト~神様からの贈り物」を連載[2]

再発転移などにより19度の外科手術を受けた。

2016年7月30日に後腹膜平滑筋肉腫のため死去[1]、48歳。

肩書き[編集]

  • ロンドン・インターナショナル選手権ライジングスターチャンピオン
  • 全日本選手権、全日本選抜選手権、全日本セグエ選手権、日本インターナショナル選手権ファイナリスト(リーダー:谷堂誠治)
  • 元ミス日本
  • 世界ダンス議会国際審査員
  • 日本ダンス議会審査員
  • 日本ブラインドダンス協会理事、事務局長。
  • 日本にサルコーマセンターを設立する会(JSCP)代表

著書[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 吉野ゆりえさん死去 希少がん「サルコーマ」団体設立 朝日新聞 2016年7月31日閲覧
  2. ^ 『かまくら春秋』2013年-