吉舎町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
きさちょう
吉舎町
Flag of Kisa Hiroshima.svg Emblem of Kisa, Hiroshima.svg
町旗 町章
廃止日 2004年4月1日
廃止理由 新設合併
三次市、甲奴町吉舎町君田村作木村布野村三良坂町三和町三次市
現在の自治体 三次市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中国地方山陽地方
中国・四国地方
都道府県 広島県
双三郡
団体コード 34584-9
面積 84.07km2
総人口 5,101
(2004年3月31日)
隣接自治体 三次市、甲奴郡甲奴町、甲奴郡総領町、世羅郡世羅町、世羅郡世羅西町、双三郡三良坂町
町の木 マツ
町の花 ウメ
吉舎町役場
所在地 729-4295
広島県三次市吉舎町吉舎368
外部リンク 三次市HP
特記事項 町役場のデータは三次市役所吉舎支所のものである。
 表示 ウィキプロジェクト

吉舎町(きさちょう)はかつて広島県双三郡に存在した町である。

2004年4月1日三次市甲奴郡甲奴町、双三郡の全6町村(吉舎・三良坂三和各町および君田作木布野各村)が新設合併して改めて三次市が設置されたことに伴い廃止した。

地名の由来[編集]

后妃の私有部民、「私部」(きさいちべ)に由来し、さらには承久の乱隠岐へ配流途中の後鳥羽上皇が「吉(よ)き舎(やど)りかな」と言われたことがあげられている[1]

「御叡慮(えいりょ)に相叶(かない)候や、吉(よ)き舎(やど)りと宣言在(あ)らせられ侯。それより吉舎村と追々村名唱替(となえかえ)侯由」(吉舎村国郡志)

私市」(きさいち)の略ということもできる[2]

沿革[編集]

  • 1889年4月1日 - 市町村制施行。吉舎町域では、三谿郡吉舎村(吉舎村・敷地村・矢井村・矢野地村・三玉村・安田村・海田原村が合併)と八幡村(丸田村・檜山村・吉舎川之内村・辻村・雲通村・清網村が合併)、甲奴郡上川村が成立した。
  • 1898年10月1日 - 三谿・三次両郡が統合して双三郡が成立したことに伴い、吉舎・八幡両村は双三郡の村となる。
  • 1917年10月1日 - 吉舎村が町制施行して吉舎町(初代)になる。
  • 1953年2月11日 - 吉舎町(初代)と八幡村が新設合併して吉舎町(2代)が成立する。
  • 1955年3月31日 - 甲奴郡上川村の一部(知和地区の全域と太郎丸・安田両地区の各一部)を編入する。

※甲奴郡上川村の残部は甲奴郡甲奴町に編入。

  • 1955年11月3日 - 知和地区の一部を三良坂町に割譲する。
  • 1957年1月10日 - 世羅郡世羅町徳市の一部を編入する。
  • 1961年4月1日 - 甲奴郡甲奴町宇賀の一部を編入する。
  • 2004年4月1日 - 三次市と甲奴郡甲奴町、双三郡の全町村の新設合併による新・三次市成立に伴い、廃止する。

歴代町長[編集]

  • 元廣和亨 - 2004年まで

地理[編集]

河川[編集]

[編集]

  • 水呑山(標高557.2m)
  • 撫臼山(標高522.8m)
  • 富士山(とみしやま、標高471.4m)

名所・旧跡[編集]

  • 吉舎いこいの森キャンプ場
  • ロードサイドミュージアムXa104(きさいちまるよん)
  • 美術館あーとあい・きさ
  • とみしの里
  • 南天山城

大字(2004年3月31日当時のデータ)[編集]

  • 雲通(うずい)
  • 海田原(かいだはら)
  • 上安田(かみやすだ)
  • 吉舎(きさ)
  • 吉舎川之内(きさかわのうち)
  • 清綱(きよつな)
  • 敷地(しきじ)
  • 知和(ちわ)
  • 辻(つじ)
  • 徳市(とくいち)
  • 檜(ひのき)
  • 丸田(まるだ)
  • 三玉(みたま)
  • 矢井(やい)
  • 安田(やすだ)
  • 矢野地(やのち)

交通(2004年3月31日当時のデータ)[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

国道
主要地方道
一般県道

教育(2004年3月31日当時のデータ)[編集]

小学校
  • 吉舎町立吉舎小学校
  • 吉舎町立安田小学校
  • 吉舎町立八幡小学校
  • 吉舎町立八幡小学校徳市分校
中学校
  • 吉舎町立吉舎中学校
高等学校

吉舎町出身の有名人[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『コンパクト版日本地名百科事典』、監修:浮田典良、中村和郎、高橋伸夫、小学館、1998年、p410
  2. ^ 『コンサイス日本地名事典』(三省堂、1998年) p.373

関連項目[編集]