吉田秀雄

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吉田 秀雄(よしだ ひでお、1903年11月9日 - 1963年1月27日)は、日本実業家電通の経営者で、「鬼十則」を作るなど広告の鬼と呼ばれていた。

略歴[編集]

福岡県小倉市(現・北九州市)出身。小倉中学鹿児島市旧制第七高等学校を経て、東京帝国大学経済学部卒業。1928年日本電報通信社(現・電通)入社。1947年GHQにより公職追放された上田碩三の後任として、電通の第4代代表取締役社長就任。1953年日本プロレス協会理事。1963年、胃癌のため死去[1]

従四位勲二等瑞宝章を追贈された。

没後の1965年、電通と吉田邸からの出資で吉田秀雄記念事業財団が創設された。

なかにし礼の小説『世界は俺が回してる』(2009年)の主人公・渡辺正文の叔父として実名で登場している。

鬼十則[編集]

  1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
  2. 仕事とは、先手々と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
  3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
  4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
  5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
  6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
  7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
  8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚みすらない。
  9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
  10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

脚注[編集]

  1. ^ 服部敏良『事典有名人の死亡診断 近代編』付録「近代有名人の死因一覧」(吉川弘文館、2010年)30頁

参考文献[編集]

  • 片柳忠男 『広告の鬼 吉田秀雄』オリオン社、1963年3月
  • 永井龍男 『この人 吉田秀雄』文藝春秋、1987年1月
  • 植田正也 『電通「鬼十則」広告の鬼・吉田秀雄からのメッセージ』 日新報道、2001年10月
  • 舟越健之輔『われ広告の鬼とならん 電通を世界企業にした男・吉田秀雄の生涯』ポプラ社、2004年2月

外部リンク[編集]