吉永護

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吉永 護(よしなが まもる、1973年11月16日 - )は日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンター和田勇介厩舎所属の調教助手、元騎手身長168センチメートル血液型はA型。

来歴[編集]

1973年11月16日に騎手の吉永正人長男として生まれる。なおは正人の最初のであり(翌1974年に死亡)、作家吉永みち子は継母にあたる。また正人の実弟の吉永良人とは甥と叔父の関係にあたる。

1989年競馬学校に8期生として入学。同期には上村洋行後藤浩輝小林淳一橋本美純横山義行らがいる。

1992年美浦トレーニングセンター元石孝昭厩舎に所属し騎手デビュー。初騎乗は3月1日中山競馬第2競走のメローマインドで11頭立ての9着。3月21日、中山競馬第1競走のモールドゾーリンで初勝利。

1998年8月8日新潟競馬第4競走のアペックスプライドで勝ち、通算100勝を達成[1]

2004年10月に所属厩舎の調教師であった元石孝昭が死去したため河野通文厩舎に移籍。

2005年1月21日、河野通文厩舎所属からフリーとなる。

2008年12月31日、引退。2008年12月28日の中山競馬第6競走イチライタッチ(10着)が最終騎乗。通算3,838戦174勝(うち重賞は未勝利)。

以後は小島太厩舎の調教助手となったあと、2018年3月より和田勇介厩舎所属となる。

エピソード[編集]

吉永がデビューしてすぐのころ、セコム上信越のラジオCMで吉永とほぼ同世代のほかのスポーツ選手とともに出演したが、そのCMは何年経っても作り直されず、数年経ってもそのCMのなかでは吉永の年齢は18歳のままだった。

おもな騎乗馬[編集]

出典[編集]

  1. ^ ニュースぷらざ”. ケイバブック. 2015年6月29日閲覧。

関連項目[編集]