吉崎武

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吉崎 武(よしざき たけし)は、日本編集者実業家。雑誌『ログイン』の初代編集長、雑誌『月刊アスキー』の初代編集長、株式会社ハイテック ラボ ジャパン社長を歴任した。2012年1月より技術少年出版代表。


経歴[編集]

I/O[編集]

1976年11月、西和彦郡司明郎塚本慶一郎星正明を誘い、初のマイコン雑誌『I/O』を創刊。その際、投稿者として吉崎が参加。

アスキー[編集]

1977年5月、西と星の編集方針や運営方針における対立により、西は郡司と塚本を連れて株式会社アスキーを設立。同月中に吉崎も加わり、6月には月刊誌『月刊アスキー』を創刊する。吉崎は『月刊アスキー』でも創刊号から編集長を担当した。しかし、設立に参加していないため創業者ではない。

ハイテック ラボ ジャパン(HighTech Lab. Japan Inc.)[編集]

1985年1月、アスキーの役員だった吉崎が、加畑将裕とアスキーラボラトリーズを設置。5、6名の研究員と共に、未来のコンピューターシステムのヒューマンインターフェースデザインの研究開発、脳波で動かすシステム、UFO、サイキック研究が主な仕事。日本ではこのタイプの研究所は初めてだった。

1986年12月、吉崎が株式会社ハイテック ラボ ジャパンを創設。同年、マイクロソフトが100%日本法人を設立する際、アスキーの主なメンバーがマイクロソフトジャパンに移動した。マイクロソフトジャパンに移動するとアスキーラボラトリーズでの研究ができなくなるので、アスキーラボラトリーズの研究員全員がマイクロソフトジャパンに移動しなかった。

1988年、研究の理解者でスポンサーだった方が急逝。資金が回らなくなり、当時の従業員のほとんどが退職。退職者の穴を埋めるように中途採用を進めた結果、ほとんどの従業員が入れ替わる。

1992年、CGに強いゲーム、テレビ、映画、CMなどの制作プロダクションへと事業内容を変更。ビル一棟を借り上げていた中目黒から渋谷区神泉塩入小路ビルに拠点を移す。移転の際にビル3階にあった録音スタジオは閉鎖。

1997年3月、従業員のほぼ全員を解雇し、解散。

CGアニメーション[編集]

ゲームタイトル[編集]

順不同。

関連人物[編集]

上記で紹介済の人物は除く。

  • 浅田一憲
  • 宗宮賢二(VFXディレクター)
  • 出渕亮一朗(女子美術大学准教授
  • 藤原敏樹(オムニサイソフトウエア代表取締役社長)
  • 西澤利治(電脳商会)


技術少年出版[編集]

2012年1月より代表として技術少年出版を設立。