吉原正

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吉原 正(よしわら ただし、1922年 - 2014年)は、日本の建築家中村順平ボザール教育を受け、同級の松本陽一と親交をもつ。鹿島建設時代に、天野太郎樋口清と親交をもち、天野がフランク・ロイド・ライトのもとから帰国した後、共に設計活動を行う。天野がパーキンソン病で死去するまで設計活動を支え続けた。

略歴[ソースを編集]

  • 1922年 茨城県日立市生まれ
  • 1942年 旧横浜高等工業学校建築学科(現横浜国立大学)卒業、鹿島建設株式会社設計部入社
  • 1949年〜1953年 遠藤新建築創作所
  • 〜1958年 町田建築設計事務所、網戸武夫建築設計事務所
  • 1959年
  • 1963年
  • 網戸武夫からの要請によりインテリアセンタースクール設立に協力
  • インテリアセンタースクール教授(現ICSカレッジオブアーツ
  • 1967年
  • 天野・吉原設計事務所代表取締役
  • 東京芸術大学美術学部建築科講師
  • 1992年 吉原設計事務所主宰

作品[ソースを編集]

文献[ソースを編集]

  • 『有機的建築の発想―天野太郎の建築』(吉原正編、建築資料研究社、2001年)

関連人物[ソースを編集]