古河市

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こがし ウィキデータを編集
古河市
Koga Ibaraki Koga Park Peach Flowers 1.JPG
古河市旗 古河市章
古河市旗 古河市章
2006年1月21日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 茨城県
市町村コード 08204-0
法人番号 3000020082040 ウィキデータを編集
面積 123.58km2
総人口 137,820[編集]
推計人口、2021年8月1日)
人口密度 1,115人/km2
隣接自治体 結城市坂東市猿島郡五霞町境町結城郡八千代町
埼玉県久喜市加須市
栃木県小山市栃木市下都賀郡野木町
市の木 ケヤキ
市の花 ハナモモ
古河市役所
市長 針谷力
所在地 306-0291
茨城県古河市下大野2248番地
北緯36度10分41.7秒 東経139度45分19.6秒 / 北緯36.178250度 東経139.755444度 / 36.178250; 139.755444座標: 北緯36度10分41.7秒 東経139度45分19.6秒 / 北緯36.178250度 東経139.755444度 / 36.178250; 139.755444
Koga city hall (Ibaraki).JPG
外部リンク 公式ウェブサイト

古河市位置図

― 市 / ― 町・村

市庁舎位置
特記事項 古河市役所庁舎は、
本庁舎・古河庁舎・三和庁舎に
部課等を分けて配置されている。
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古河市名の由来となった万葉歌碑
「麻久良我の 許我の渡りの韓楫の 音高しもな寝なへ 兒ゆゑに」

古河市(こがし)は、関東地方のほぼ中央、茨城県西端の県西地域に位置するである。人口約14万人。旧・下総国葛飾郡県西地域最大の都市。

関東大都市圏であり[1]、また昭和30年代から工業立地が進み(後述の産業の節も参照)、近隣の3などから労働人口流入があり、本市を中心とする古河都市圏も形成している。

御所沼、古河公方館跡がある古河総合公園など、関東の小京都と称されていて、全国京都会議に加盟している。

概要[編集]

「古河」は、古く「許我」と表記され、『万葉集』に当時の情景が二首詠まれている。すでに奈良時代から渡良瀬川の渡し場として賑わっていたことが伺える。

平安時代には、9世紀初め〜10世紀における東日本最大級の“製鉄所”(川戸台遺跡)があった。9世紀後半の「半地下式平窯」(江口長沖窯跡)も発見されており、製鉄や窯業の生産拠点でもあった。

室町時代後期から戦国時代にかけて古河公方の本拠地、江戸時代には古河藩城下町日光街道宿場町古河宿が盛えた。渡良瀬川には河岸があり水運が盛んだった。古河は農産物の集散地となり、高瀬舟が米や野菜を利根川、江戸川を経由して江戸に運搬していた。

明治期に入ると内国通運(現在の日本通運)が蒸気船を古河と東京の間に運行していた。1885年(明治18年)東北本線古河駅開業。茨城県内最初の鉄道駅になった。製糸産業が発達し人口が急増、古河町(当時)は一時期、茨城県内で二番目の人口となった。1958年(昭和33年)に東北本線が電化され、上野まで約1時間で結ばれるようになってからは、東京のベッドタウンの役割が加わって人口が増大し、合併前には人口密度で茨城県内第1位となった。2020年現在の古河市は、都心回帰の影響で東京のベッドタウンとしての役割は薄れたが、人口ではひたちなか市に次いで茨城県内第5位である。

行政上では茨城県に属するが、国道4号日光街道)や宇都宮線東北本線)の沿線であることから、経済や教育の面で栃木県埼玉県東京都とつながりが強い(後述する2005年平成の大合併前の旧古河市はかつて県西地域で唯一東京都市圏に属していた)[注釈 1]

2005年9月12日、旧古河市と総和町三和町が新設合併、現在の古河市となる。

地理[編集]

地勢[編集]

関東平野のほぼ中央に位置し、全域にわたり平坦な地形が広がる。南部を利根川が東流、西部は渡良瀬遊水地を経由した渡良瀬川が流れ利根川橋の北で利根川に合流する。

南部に比べ北部はやや標高が高く、市内を流れる川は利根川を除き北から南へと流れる。一方東西方向では目立った標高差の傾向はない[注釈 2]。川沿い以外は概ね猿島台地で、地の利を生かしてさしま茶が生産されている。

河川[編集]

池および沼[編集]

古河市中心部周辺の空中写真。市街地の西側を渡良瀬川が北から南へ流れる。画像左上方(北西)の草地は渡良瀬遊水地の最南部付近で、茨城県栃木県埼玉県、3県の県境に当る。1986年撮影の10枚を合成作成。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。

隣接する自治体[編集]

隣接する都道府県との関係[編集]

概要の通り、歴史的な背景・現在の交通網の関係(宇都宮線国道4号を中心とした交通網)から、2020年現在でも茨城県内では特殊な傾向を示す地域である。茨城県民であっても、栃木県や埼玉県に属すると誤認する人間もいる[注釈 3]

茨城県内の他市町村と比べて埼玉県・栃木県との関係が強い。各種調査[2] でも栃木県・埼玉県への流動を見ることができるほか、以下のような例外扱いを受けている。

一方で県内とは、JRバス関東東古河妻線の八千代町松本以東廃止後は、直接結ぶ公共交通機関は隣接する境町への路線バスのみである。そのため、茨城県内の中心軸の常磐線国道6号沿線との関係が希薄な状態が続いている[注釈 4]

茨城県庁では、上記のような状況を県土の一体性を損なうものと認識しており、地域格差を解消するための施策として、2006年から2010年度までの5ヶ年計画で、鹿行・県南・県西の各地域を「南部広域連携圏」とし、首都圏との更なる連携を強める交通インフラに重点を置いた地域造りを目指している。

古河市についてはその地域特性を認め、埼玉県、栃木県との連携も視野に古河都市計画区域マスタープラン[3] においても、「さいたま新都心や小山・宇都宮圏と連携し,東京都市圏の機能の一翼を担う」と明記されている。

気象[編集]

典型的な関東内陸の気候である。夏に関しては同じく酷暑で有名な熊谷前橋館林と並び酷暑となる。また冬は北西の季節風の強い日が多く、実際の気温以上に寒く感じられる。

  • 2020年8月11日に観測された日最高気温記録の39.6度は茨城県内最高気温である[注釈 5]。8月の最高気温の平均値(31.7度)[4]も茨城県内最高である[注釈 6]。夏季の最低気温も古河は茨城県内では最も高く、熱帯夜になることもある。
  • 冬は放射冷却現象により、朝は氷点下の冬日となることもしばしばある。それでも朝晩の冷え込みは県内他地域に比べると幾分弱く、1月の平均最低気温は-1.7°Cと、太平洋沿岸部を除くと、内陸では霞ケ浦に隣接する土浦に次いで高くなっている。日中は北西の季節風が強く、休耕中の田畑から砂埃が舞い上がることも多い。

市勢[編集]

  • 面積:123.58 km2
  • 人口:142,995人
    • 男性:71,450人
    • 女性:71,545人
  • 世帯数:50,465

(平成22年国勢調査)

人口[編集]

近年の都心回帰傾向をうけ、人口が減少する傾向にある[注釈 7]

Demography08204.svg
古河市と全国の年齢別人口分布(2005年) 古河市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 古河市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

古河市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


地名 [編集]

古河市側から渡良瀬川の対岸に「向古河(むかいこが)」地区や東武日光線新古河駅」があるが、所在は埼玉県加須市(旧北川辺町)になる。

歴史[編集]

地理的条件[編集]

古河市が接する渡良瀬川の下流は、中世には太日川と呼ばれ(現在の江戸川)、直接東京湾に注ぐ水運上の重要な河川だったため、古河は現在の東京・房総と北関東を結ぶ位置にある。このような拠点性、および西方(現在の渡良瀬遊水地方面)が湿地である天然の要害でもあったことから、室町時代古河公方古河城に移座することになった。しかしこれら水運の良さと要害性の一方では、水害に悩まされることが多く、明治期足尾銅山鉱毒事件の際には、河川改修事業により古河城の遺構が破壊されることになる。江戸時代の古河藩領は下総国下野国武蔵国に跨り、市域も下総国、千葉県を経て茨城県に編入された経緯があることから、旧常陸国水戸街道が中心となって形成された近代以降の茨城県の県史としては傍流的な位置づけになる。

先史時代[編集]

縄文時代のものとみられる貝塚、集落が発見されており、そのころから人が定住しているものと考えられる。

古代(奈良・平安時代)[編集]

古河の歴史は、『万葉集』にまで求められ、当時の情景が二首詠まれ「許我(こが)」の記述までさかのぼる[4]。元の古河地域は奈良時代から渡良瀬川の渡し場として賑わっていたことが伺える[注釈 8]

  • “まくらがの 許我の渡りのからかじの音高しもな寝なへ児ゆえに”
  • “逢はずして 行かば惜しけむ 麻久良我の 許我(こが)漕ぐ船に 君も逢はぬかも”

平安時代渡良瀬川近くの市内牧野地にある川戸台遺跡が、9世紀初め〜10世紀の平安時代に東日本最大級の“製鉄所”跡で、ここで生産された鍋が多賀城仙台市)や秋田城秋田市)に送られていたことが、古河市教育委員会の発掘調査により判明した。同じく古河市教育委員会の発掘調査により、三和窯跡群の一角で、かつて飯沼だった東仁連川近くの古河市江口にある江口長沖窯跡で、9世紀後半の「半地下式平窯」が県内で初めて発見され、ここで作られた須恵器が水運により関東地方の広範囲に流通していたと考えられるなど、平安時代にも交通の要所であり、また製鉄や窯業の生産拠点であったことがうかがえる。

中世(鎌倉時代〜戦国時代)[編集]

詳細は古河城古河公方参照

近世(江戸時代)[編集]

詳細は古河城古河藩参照

  • 古河藩が設置され古河城が藩庁となった。現在の市域西部を日光街道(日光道中)が南北に貫き、古河城下(元の古河)に古河宿、中田に中田宿が設けられた。一方、市域東部では日光東往還(日光東街道)が縦断し、谷貝宿仁連宿諸川宿が設けられた。
  • 古河藩領は、現在の市域を含む下総国北西部、および隣接する下野国南部、武蔵国北東部にまたがって形成され、当時の古河城下(現在の市域西部)は古河藩領の中心にあった。しかし近代以降に旧藩領は県境によって分断され、三方を他県域に囲まれた県最西端の町になる。なお現在の市域東部には、古河藩に含まれなかった地域も多かった。例えば、諸川宿・仁連宿は壬生藩領から天領幕府直轄地)、谷貝宿は関宿藩領である。
  • 歴代古河藩主においては、大老2人(土井利勝堀田正俊)のほか、老中京都所司代などにつくものも多い、有力譜代藩であった。
  • 1832年:古河藩第十一代藩主である土井利位が、日本初の結晶に関する観察図鑑『雪華図説』を出版した。

近代・現代[編集]

明治から第二次世界大戦まで
第二次世界大戦後
こがし
古河市
初代の古河市旗 初代の古河市章
初代の古河市旗 初代の古河市章
廃止日 2005年9月12日
廃止理由 新設合併
古河市(旧)、猿島郡総和町三和町 → 古河市(新)
現在の自治体 古河市(新)
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 茨城県
隣接自治体 猿島郡五霞町総和町
埼玉県北埼玉郡大利根町北川辺町北葛飾郡栗橋町
栃木県下都賀郡野木町藤岡町
古河市役所
所在地 茨城県
旧古河市役所
(現在は古河テクノビジネス専門学校の学舎)
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  • 1950年(昭和25年)8月1日 - 古河町が市制を施行し、古河市となる。(単独市制、茨城県下4番目)
  • 1950年(昭和25年)8月10日 - 初代の市章を制定する。
  • 1953年(昭和28年)5月18日国道125号が制定。
  • 1955年(昭和30年)
    • 2月11日 - 幸島村・八俣村が結城郡名崎村と合併し、三和村(みわむら)となる。
    • 3月15日 - 古河市が、新郷村を編入する。
    • 3月16日 - 勝鹿村・岡郷村・桜井村・香取村が合併し、総和村となる。
  • 1968年(昭和43年)1月1日 - 総和村が町制施行し総和町となる。
  • 1969年(昭和44年)- 三和村が町制施行・改称し三和町(さんわまち)となる。
  • 1981年(昭和56年)4月1日 - 新利根川橋が開通。
  • 1992年平成4年)4月8日 - 新4号国道が全線開通。
  • 1992年(平成4年)9月7日 - 新たな住居表示地名として、けやき平一丁目・二丁目(旧大字中田、茶屋、板間の各一部)を設定[5]
  • 1993年(平成5年)4月1日 - 国道354号(館林市 - 大洋村間)が制定。
  • 2005年(平成17年)9月12日:古河市と総和町、三和町が合併(新設合併)し、新たに古河市となる。
  • 2006年(平成18年)1月21日 - 2代目の市章を制定する[6]
  • 2010年(平成22年)12月17日 - 旧古河市が全額出資していた古河市住宅公社が破産。

行政区域変遷[編集]

変遷の年表

古河市市域の変遷(年表)
月日 現古河市市域に関連する行政区域変遷
1889年(明治22年) 4月1日 町村制施行により、以下の町村がそれぞれ発足。[7][8]
  • 旧古河市
    • 西葛飾郡
      • 古河町古河町・原町・悪戸新田
      • 新郷村中田町と新久田村・鴻巣村・伊賀袋村・駒ケ崎村・長谷村・牧野地村・立崎村・
        鳥喰村・中田新田・茶屋新田・坂間村・大山村
  • 総和町
    • 西葛飾郡
      • 香取村 ← 駒羽根村・釈迦村・磯部村・前林村・上砂井村・砂井新田・水海村
      • 桜井村 ← 高野村・久能村・柳橋村・葛生村・下大野村
      • 勝鹿村 ← 下辺見村・上辺見村・東牛谷村・西牛谷村・女沼村・大堤村
      • 岡郷村 ← 小堤村・上大野村・関戸村・稲宮村
  • 三和町
1896年(明治29年) 3月29日 西葛飾郡は猿島郡に編入。
1916年(大正5年) 香取村の一部(釈迦・前林の各一部)は五霞村に編入。
1932年(昭和7年) 7月1日 新郷村の一部(伊賀袋と立崎の一部)は埼玉県北埼玉郡川辺村に編入。
1950年(昭和25年) 8月1日 古河町は市制施行し古河市になる。
1955年(昭和30年) 2月11日 幸島村・八俣村・名崎村が合併し三和村(みわむら)が発足。
3月15日 新郷村は古河市に編入。
3月16日 香取村・桜井村・勝鹿村・岡郷村は合併し総和村が発足。
6月 三和村の一部(成田新田)は八千代町に編入。
1968年(昭和43年) 1月1日 総和村が町制施行し総和町となる。
1969年(昭和44年) 1月1日 三和村は町制施行・改称し三和町(さんわまち)となる。
1975年(昭和50年)
  • 三和町の一部(尾崎の一部)は結城市に編入。
  • 結城市の一部(北南茂呂・東茂呂・七五三場の各一部)は三和町に編入。
2005年(平成17年) 9月12日 古河市・総和町・三和町とともに合併し古河市が発足。

変遷表

古河市市域の変遷表(※細かな境界の変遷は省略)
1868年
以前
明治元年 - 明治22年 明治22年
4月1日
明治22年 - 昭和19年 昭和20年 - 昭和64年 平成元年 - 現在 現在
葛飾郡
西葛飾郡
古河町 古河町 明治29年3月29日
猿島郡に編入
昭和25年8月1日
市制
平成17年9月12日
古河市
古河市
原町
悪戸新田村
中田町 新郷村
の一部
昭和30年3月15日
古河市に編入
新久田村
鴻巣村
駒ケ崎村
長谷村
牧野地村
立崎村の一部
鳥喰村
中田新田
茶屋新田
坂間村
大山村
駒羽根村 香取村 昭和30年3月16日
総和村
昭和43年1月1日
町制
釈迦村
磯部村
前林村
上砂井村
砂井新田
水海村
高野村 桜井村
久能村
柳橋村
葛生村
下大野村
下辺見村 勝鹿村
上辺見村
東牛谷村
西牛谷村
女沼村
大堤村
小堤村 岡郷村
上大野村
関戸村
稲宮村
猿島郡 諸川村 幸島村 幸島村 昭和30年2月11日
三和村
昭和44年1月1日
町制
五部村
上和田村
諸川新田
下片田村
大和田村
上片田村
駒込村
新和田村
仁連村
北山田村 八俣村 八俣村
山田村
東山田村
谷貝村
長左衛門新田の一部
猿島郡 恩名村 名崎村
の一部
名崎村の一部
長左衛門新田の一部
江口新田 明治14年
江口村
尾崎村
尾崎村新田
水口村新田

行政[編集]

現在は、旧3市町の役所に各課を配置する分庁舎形式である。

市長[編集]

  • 針谷力(2期目)
  • 任期:2020年12月15日

歴代市長[編集]

旧古河市長

特記なき場合『日本の歴代市長 : 市制施行百年の歩み』などによる[9]

氏名 就任 退任 備考
1 小池宗次郎 1950年(昭和25年)8月1日 1959年(昭和34年)4月30日
2 飯島雷輔 1959年(昭和34年)5月1日 1964年(昭和39年)2月21日  
3 須藤英一郎 1964年(昭和39年)4月12日 1967年(昭和42年)4月30日
4 平野二郎 1967年(昭和42年)5月28日 1979年(昭和54年)5月27日
5 逆井督 1979年(昭和54年)5月28日 1983年(昭和58年)5月27日
6 小倉利三郎 1983年(昭和58年)5月28日 1991年(平成3年)5月27日
7 針谷善吉 1991年(平成3年)5月28日 1995年(平成7年)1月29日
8 小倉利三郎 1995年(平成7年)3月19日 1999年(平成11年)3月18日
9 小久保忠男 1999年(平成11年)4月25日 2005年(平成17年)9月11日
古河市長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
  舘野喜重郎 2005年9月12日 2005年10月16日 市長職務執行者[10]・旧三和町長
初-2代 白戸仲久 2005年10月16日 2012年11月19日 リコール運動により辞職
  陸川克己 2012年11月20日 2012年12月16日 職務代理者・副市長
3代 菅谷憲一郎 2012年12月16日 2016年12月15日 総和町
4代 針谷力 2016年12月16日 現職

市議会[編集]

  • 定数:24人[11]
  • 任期:2023年4月30日

市役所各庁舎(本庁舎を除く)[編集]

  • 古河庁舎(旧古河市役所)
    長谷町38番18号
  • 三和庁舎(旧三和町役場)
    仁連2065番地

国の出先機関[編集]

司法(裁判所
古河簡易裁判所
法務省
古河区検察庁 
財務省
古河税務署 
厚生労働省
ハローワーク古河 
古河労働基準監督署 
国土交通省
利根川上流河川事務所古河出張所 
防衛省
陸上自衛隊古河駐屯地 

県の出先機関[編集]

警察[編集]

市内全域を古河警察署が管轄。なお、三和地区は合併以前は境警察署の管轄であった。合併の結果、市の西に寄ってしまった警察署を東へと移転・改築する計画がある[12]

  • 古河警察署 - 旭町一丁目1番23号
    • 中田駐在所 - 中田1325番地16
    • 駒羽根地区交番 - 駒羽根1391番地3
    • 鴻巣交番 - 鴻巣1154番地3
    • 上辺見駐在所 - 上辺見1210番地1 →廃止
    • 三和地区交番 - 仁連1932番地6
    • 古河駅前交番 - 本町一丁目1番15号
    • 下山交番 - 東三丁目1番19号
    • 小堤駐在所 - 小堤1410番地3

消防[編集]

一部事務組合である、茨城西南広域消防本部下にある消防および消防団がある。

  • 古河消防署 中田1683番地9 (消防本部併設)
    • 住吉分署 古河797番地1
    • 三和分署 仁連2070番地
  • 総和消防署 下大野752番地2
    • 上大野出張所 上大野1933番地3

消防団は、合併当初は各地区ごとに、古河市古河消防団・古河市総和消防団・古河市三和消防団で構成されていたが、現在は古河市消防団として統合。1〜27分団で編成されている。

姉妹都市・交流都市[編集]

国内の姉妹都市
海外の国際交流都市

教育[編集]

この地域は、北関東三県・埼玉県・千葉県が互いに近いため、各県が相互協定を結び、高等学校において一定の他県学生を受け入れていた[13]。そのため多くの高校生が栃木・埼玉へと流れている。国勢調査によれば、15歳以上の通学者のうち県内他市町村へは738人。対する栃木への通学者は625人、埼玉へは1319人が向かう。

市内の教育機関は以下の通りである。

中等教育学校[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

  • 古河市立古河第一中学校
  • 古河市立古河第二中学校
  • 古河市立古河第三中学校

小学校[編集]

  • 古河市立古河第一小学校
  • 古河市立古河第二小学校
  • 古河市立古河第三小学校
  • 古河市立古河第四小学校
  • 古河市立古河第五小学校
  • 古河市立古河第六小学校
  • 古河市立古河第七小学校
  • 古河市立釈迦小学校
  • 古河市立下大野小学校
  • 古河市立上辺見小学校
  • 古河市立小堤小学校
  • 古河市立上大野小学校
  • 古河市立駒羽根小学校
  • 古河市立西牛谷小学校
  • 古河市立水海小学校
  • 古河市立下辺見小学校

保育園、幼稚園に関しては 古河市のホームページ を参照。

医療[編集]

国内でもとりわけ医師不足が課題。県内、中でも医療事情が悪化している県西地域の事情にたがわず、古河市の医療事情も厳しい。 十万人当たり医師は120.89人 [5] で全国46位の県内平均を大きく下回っている。

古河市内の病院診療所については 古河保健所のページ を参照のこと。

産業[編集]

国勢調査での古河市および全国の産業部門別割合は以下の通り(カッコ内は全国の値)。※平成17年度調査

以上の通り、全国に比べて第2次産業の割合が高い。これは、以下で述べるように戦前からの製糸業の勃興と戦後の工業団地の造成により、工業都市として発展した経緯が影響している。

工業[編集]

日野自動車 古河工場(2018年12月撮影)
山崎製パン 古河工場(2018年12月撮影)

かつて明治期から昭和中期までは製糸業が発展し当市の産業の軸となっていた。

しかしその全てが廃業し、現在は旧総和町の工業団地(丘里工業団地、配電盤工業団地、北利根工業団地)を中心に工業が発達している。他に旧古河市域に坂間企業団地が所在する。年間製造品出荷額は約4千-5千億前後[14]。平成20年の事業所数は438で日立市に次ぐ2位、雇用者は日立市、ひたちなか市に次いで18000人弱の3位である。

特徴的なのは、食品製造業、殊に製菓業が多い点。トモヱ乳業山崎製パンの工場があるほか、ジャパンフリトレー(本社も併設)・ヤマザキビスケットギンビスの製菓業3社の唯一の工場を有している。またセキスイ系とその派生企業も多く立地。積水化成品工業の大規模な工場ほか、積水ハウスの拠点工場である関東工場がある。

農業[編集]

市の土地利用の5割弱を農地が占めるなど [6]、旧総和町、旧三和町を中心として典型的な近郊農業が発達している。平成18年の農業出荷額は147億2千万円。一方、農業離れも深刻で、耕作放棄地は500haを超えるなど、問題となっている[15]

茨城県の銘柄豚・ローズポークの生産農家がある[16]。また台地(猿島台地)上ではさしま茶が生産されている。

商業[編集]

広範囲を商圏に収める大規模小売店舗の出店が少なく、卸売に不可欠な情報集積という面では、全般に低落傾向にある [17]。 東京の通勤・生活圏であることから東京方面への買い物客の流出が激しいほか、周辺都市に続々建設されている大型ショッピングモールへ客足が流れるなど、商業施設が消費者の行動範囲が広いこともあり、中規模ショッピングセンターが所在する程度である。

市内に存在する主な店舗は下記の通り。

営業中の商業施設[編集]

閉店した商業施設[編集]

金融機関[編集]

メガバンクでは、みずほ銀行の支店が古河駅前に存在(県西地区では唯一のメガバンク店舗)。

なお、みずほ銀行以外の都市銀行の最寄り店舗は、三井住友銀行が栃木県小山市(小山支店)、三菱UFJ銀行が埼玉県蓮田市(蓮田支店)、りそな銀行埼玉りそな銀行)は埼玉県久喜市栗橋(栗橋支店)となる。

また、茨城県を地盤とする銀行は、常陽銀行筑波銀行東日本銀行がある。他県を基盤とする銀行は足利銀行の支店[注釈 10]栃木銀行の支店が所在し、栃木県との取引機会が多いことが分かる。

主な企業[編集]

市内に本社を置く企業
丘里工業団地
北利根工業団地
名崎工業団地
  • 日野自動車(古河工場)
    • ホンダロジコム(関連企業)
    • 岡本物流(関連企業)
仁連工業団地
  • 千代田運輸 チヨダロジスティクスセンター古河
工業団地外に立地する企業
2022年度操業開始予定企業(仁連工業団地)
  • 日本運搬社
  • ストレッチ
  • シーエスジャパン
  • 大橋地所
  • 青伸産業運輸
老舗企業
  • 株式会社大橋醤油店 - 1845年創業

交通[編集]

南北の交通が重視されている。三杉町交差点の国道125号、大堤交差点の国道354号は頻繁に渋滞を起こす[18]

鉄道[編集]

古河駅(東口)
東日本旅客鉄道(JR東日本)
   古河駅

路線バス[編集]

コミュニティバスのぐるりん号。
(古河駅西口 2010年11月19日)

いくつか存在するが、便数が少ないものも多い。

JRバスと茨城急行バス両社に「上辺見」と「上辺見東(JRバスは上辺見東町)」の停留所が存在するが位置が全く異なる。

国道354号沿いに運行されている

  • 茨城急行自動車
    • 古河駅東口 - 三杉町 - 小堤 - 諸川 - 八千代町役場
    • 古河駅東口 - 三杉町 - 小堤 - 諸川 - 北茂呂車庫
    • 古河駅東口 - 三杉町 - 小堤 - 諸川 - 古河市三和庁舎
    • 古河駅東口 - 上辺見(十間通り) - 丘里工業団地 - 小堤 - 諸川 - 八千代町役場(土日祝日のみ運行)
    • 古河駅東口 - 上辺見(十間通り) - 丘里工業団地 - 小堤 - 諸川 - 北茂呂車庫
    • 古河駅東口 - 上辺見(十間通り) - 丘里工業団地 - 小堤 - 諸川 - 古河市三和庁舎
    • 古河駅東口 - 古河第一高校 - 旭町中央 - 旭町 - 友愛記念病院 [21]

国道125号や十間通りを経由している

  • ジェイアールバス関東 東古河妻線
    • 31:古河駅東口 → 上辺見(茨城県道250号古河総和線) → 女沼 → 駒羽根 → 総和郵便局 → 総和中央病院 → 北利根工業団地 → 駒羽根 → 上辺見(茨城県道250号古河総和線) → 古河駅東口
    • 35:古河駅東口 → 上辺見(茨城県道250号古河総和線) → 古河日赤 → 女沼 → 古河市役所 → 総和郵便局 → 総和中央病院 → 北利根工業団地 → 古河市役所 → 古河日赤 → 上辺見(茨城県道250号古河総和線) → 古河駅東口(月曜〜金曜日の8〜14時台のみ運行)
    • 51:古河駅東口 - 上辺見(茨城県道250号古河総和線) - 女沼 - ネーブルパーク - 総和中央病院 - 久能 - 北山田 - 大綱 [22]

県道56、250号を経由している

コミュニティバス
  • ぐるりん号
    • 2012年4月1日から有料化された。
    • 当初は茨城急行バスのみに運行委託していたが、2016年12月1日より増設となった「通勤通学ルート、市役所本庁・病院ルート」をJRバス関東に運行委託するようになった[23]
    • バスロケーションシステムにてバスの現在位置情報を提供している。バスロケーションシステム

道路[編集]

南北に、物流の大幹線である国道4号新4号国道が走る。中間域においては、中央運動公園通りが国道125号から丘里工業団地を経由し、とね南通りを経て国道354号を結んでいる。

一方、東西は国道125号が北を走り下妻方面へ、十間通りが古河駅から丘里工業団地を横断し新4号国道と交差して三和庁舎まで(名崎工業団地まで延伸予定あり)、そして国道354号と県道56号が南部を経由し県南までを結ぶ。

高速道路
  • 当市内に高速道路は走っていない。2021年現在、市役所への最寄りICは隣接する猿島郡境町にある首都圏中央連絡自動車道境古河ICだが、東京方面へは東北自動車道久喜IC、仙台方面へは同道佐野藤岡ICを使われることも多いようである。ちなみに、東北自動車道の本線上に設置されている館林IC(上下線)、羽生IC(下り線)の各出口の案内標識には『古河』と表記されているが、市役所のホームページでは「久喜インターチェンジから約18km」と案内している[24]
一般国道
主要地方道
一般県道
自転車道

文化・観光[編集]

史跡[編集]

古河城
曲亭馬琴(滝沢馬琴)作の読本南総里見八犬伝芳流閣の元とも言われる。
大半は川に水没。城門(古河市の文化財)、古河城文庫蔵、乾蔵(共に国の登録有形文化財)が移築現存している。
古河公方館跡(茨城県指定史跡)
古河総合公園内。御所沼などが復元されている。足利義氏の墓所があるが、何者かに破壊される事件があった [7]

神社・寺[編集]

雀神社
旧古河町の総鎮守である。詳細は「雀神社 (古河市)」参照。
頼政神社
祭神は源頼政。もとは古河城南端の頼政曲輪にあったが、渡良瀬川改修工事の際に城北西端の土塁上に移転。詳細は「頼政神社」参照。
長谷観音
古河公方足利成氏が古河城の鬼門除けとして勧請。日本三大長谷観音を称する。詳細は「長谷観音 (古河市)」参照。
正定寺
江戸幕府大老を務めた古河藩主・土井利勝の開基。土井家代々の菩提寺である。
土井家は古河から鳥羽唐津への転封を経たのち、再び古河に戻り、近世大名として最も長い期間、古河を国元とした。詳細は「正定寺 (古河市大手町)」参照。なお、古河市下大野にある同名の正定寺も土井家に保護されていた。
鮭延寺
最上義光を支えた有力武将鮭延秀綱のために建立された寺。この歴史的な縁により古河市(旧総和町)と真室川町が姉妹都市となった。熊沢蕃山の墓もある。詳細は「鮭延寺 (古河市)」参照。

文化施設[編集]

古河歴史博物館
鷹見泉石関係資料や古河城模型などを展示する。
古河文学館
永井路子旧宅(古河文学館の別館)
鷹見泉石記念館
国宝となっている渡辺崋山筆の肖像で知られ、著名な蘭学者で古河藩家老だった鷹見泉石の旧邸を整備した施設である。泉石の遺品は隣接する古河歴史博物館に収蔵されている。
篆刻美術館
日本で唯一の篆刻(てんこく)の美術館である。
古河街角美術館

公園・レクリエーション施設[編集]

スポーツ施設[編集]

古河市中央運動公園
日本陸連第2種公認競技場であり、各種の競技大会において茨城県西地区予選会場としてでよく使われる。陸上競技場のほかに、体育館、テニスコート、プールなどを併設する。なおこれら施設は県西各市町村が建設費を負担しており、それら市町村住民に対してはプールの利用料が割引される。
古河体育館
古河市中央運動公園とは別の場所にある市営の体育館。ボクシングやプロレスの興行に使用される。
古河市サッカー場
市営のサッカー専用競技場。大学サッカーでよく使用される。
古河市民球場
古河市サッカー場に隣接する野球場。秋季高校野球大会県西予選で使われる。
上大野グラウンド
ソフトボールを中心に、学童軟式野球などでも使用される球場。2009年はソフトボール女子2部の公式戦試合場としても使用された [8]
古河ゴルフリンクス
過去に石川遼選手が練習していたことで知られているリンクス。日本では珍しい、本格的なリンクスコースと言われている。なお河川敷上にあるため、大雨時はよく水没する。また、古河市主催の『古河花火大会』は毎年、このゴルフ場で開催されている。

特産[編集]

  • 地酒
  • 御慶事(日本酒)

祭事[編集]

古河花火大会
  • 古河桃まつり(3月下旬〜4月上旬)
  • 古河神輿まつり(7月)
  • 古河花火大会(8月第1土曜日)
    • 2005年の新設合併を記念して、毎年8月に渡良瀬川の河川敷にあるゴルフ場『古河ゴルフリンクス』で開催されている。対岸の加須市(加須会場併設)、隣接する野木町後援。
    • 打ち上げ数は関東最大級の約25,000発(三尺玉3発含む)で、約35万人の観客を誇る。
  • 古河朝市(9月下旬)
  • 関東ド・マンナカ祭り(10月)
  • 古河菊まつり(10月下旬〜11月下旬)
  • 古河よかんべまつり(11月上旬)
  • 古河提灯竿もみまつり(12月第一土曜日)

その他行事[編集]

  • 古河熱気球大会(3月)
  • サンスポ古河はなももマラソン(3月)

著名な出身者[編集]

歴史上の人物 古河公方 古河藩参照
政官界
芸術
文化
芸能界
スポーツ

古河市ゆかりの人物[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 旧藩主の土井氏が長崎に近い唐津から再入封し、鷹見泉石にみるように洋学が盛んだったことから、水戸藩と相いれない気風があった。明治期には茨城県内有数の製糸業地帯となったが、文教の中軸である旧制中学が設置されなかったことに古河の人士は水戸の恣意と憤慨し、栃木県編入運動が起きている。また、旧制中学の進学先は浦和が最も多く、水戸中学は徹底して忌避された
  2. ^ 詳細については 国土地理院地形図 から、三角点などで標高や流路を確認していただきたい
  3. ^ 検索エンジンにおいて栃木県古河市、埼玉県古河市と検索すると、誤認している人々がいることが確認できる
  4. ^ 古河駅発着の路線バスは全てフィーダー路線となって都市間路線は消滅し、水戸はもちろん、同じ県西地域でも常総線沿線や、つくば土浦県南地域の中央部へ直接向かうことができなくなった。つくば土浦へは栗橋(または久喜)・春日部流山おおたかの森経由または小山下館下妻経由、水戸へは小山経由となり、いずれも他県を経由しなくてはならない。
  5. ^ なお、1997年7月5日には10分ごとの値では40.0℃(13:50)を観測している[1]が、当時は1時間ごとの測定値のうちの最も高かった時間の温度を最高気温としており[2]、この日の最高気温は13:00の39.5℃となっている。
  6. ^ 気象庁の統計 を基に茨城県内のアメダスに関して調査した結果。
  7. ^ 都心回帰といっても近隣の埼玉県旧栗橋町、旧鷲宮町や栃木県小山市などは人口が増加傾向にある
  8. ^ この作者不明の万葉歌碑が現在渡良瀬川の堤防上にある
  9. ^ 吾妻鏡では誤って治承五年(1181年)と記述している。
  10. ^ かつては古河支店、総和支店、古河東出張所の2支店1出張所を有する規模であったが、めぶきフィナンシャルグループの発足に伴う重複する地域の店舗ネットワークの見直しに伴い、古河支店に統合された。

出典[編集]

  1. ^ 総務省統計局 経済センサスと統計地図(大都市圏の売上高)【1.関東大都市圏】
  2. ^ 総務省 平成17年国勢調査 > 通勤・通学人口,従業地による就業者の産業別構成など(従業地・通学地集計結果その1) > 都道府県結果 > 08茨城県 > 報告書掲載表 常住地による従業・通学市区町村,男女別15歳以上就業者数及び15歳以上通学者数(15歳未満通学者を含む通学者 - 特掲) - 都道府県,市町村 [3] 第2表より
  3. ^ 古河都市計画(古河市)都市計画区域の整備、開発及び保全の方針
  4. ^ 古河市における中心市街地の変容と都市観光への取り組み』127頁。
  5. ^ 町の区域の設定(平成4年9月7日 茨城県告示第1088号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第377号: p.3-4, (1992年9月7日) 
  6. ^ 図典 日本の市町村章』p57
  7. ^ 角川日本地名大辞典 8
  8. ^ 全国市町村名変遷総覧
  9. ^ 歴代知事編纂会 1983, 513-516頁.
  10. ^ 広報古河2006年2月1日
  11. ^ 【茨城新聞】古河市議選 説明会に27陣営”. 茨城新聞. 2019年5月13日閲覧。
  12. ^ 警察署等再編整備構想 - 茨城県
  13. ^ 隣接県公立高等学校入学志願者取扱協定”. 2009年11月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月21日閲覧。
  14. ^ 平成25年工業統計調査結果(速報)茨城県
  15. ^ 2005年農林業センサス http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001009909&cycode=0 より耕作放棄地 - 耕作放棄地面積 参照、値を合算。
  16. ^ 宮田哲「ぐるっと首都圏・食べる・つながる 茨城・ローズポーク 弾力あり柔らかな肉 生産も販売も指定制で」毎日新聞2017年8月21日付朝刊、東京版25ページ
  17. ^ 経済産業省 2009 平成21年版 我が国の商業、卸売業年間商品販売額を参照
  18. ^ 茨城県道路移動性向上委員会 第4回委員会参考資料
  19. ^ 第5回古河市総合計画審議会(後期計画)会議録概要 古河市
  20. ^ 境営業所管内路線図”. 朝日自動車. 20201106閲覧。
  21. ^ 路線図”. 茨城急行自動車. 20201106閲覧。
  22. ^ JRバス古河営業所”. 20201106閲覧。
  23. ^ 古河市循環バス「ぐるりん号」ご利用の手引き
  24. ^ 古河市の概要-位置・交通・アクセス
  25. ^ 古河・栗橋の静御前伝説(茨城県境土地改良事務所)
  26. ^ 元陸上選手の山口真未、5月1日に競輪デビュー…120期で唯一静岡所属のガールズレーサー - スポーツ報知(2021年4月29日)2021年6月29日閲覧。

参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典編纂委員会編 『角川日本地名大辞典 8』 角川書店、1983年。ISBN 978-4-04-001080-9 
  • 兼子純・新名阿津子・安河内智之・吉田亮「古河市における中心市街地の変容と都市観光への取り組み (PDF)」『地域調査報告』第26号、筑波大学地球科学系人文地理学研究グループ、2004年、 123-150頁。
  • 日本加除出版株式会社編集部編 『全国市町村名変遷総覧』 日本加除出版、2006年。ISBN 978-4-8178-1318-3 
  • 『図典 日本の市町村章』 小学館、2007年。ISBN 978-4-09-526311-3 
  • 歴代知事編纂会 編集 『日本の歴代市長 : 市制施行百年の歩み』 第1巻 歴代知事編纂会、1983年。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]