古森重隆

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古森重隆 デュッセルドルフ 2015年撮影

古森 重隆(こもり しげたか、1939年9月5日 - )は、日本実業家富士フイルムホールディングスの代表取締役会長及びその連結子会社である富士フイルム及び富士ゼロックスの代表取締役会長をつとめる。元日本放送協会(NHK)経営委員会委員長。2016年9月より内閣府規制改革推進会議委員[1]。2000年代の本業のフィルム構造調整したことで、フィルム市場でのアップルとも言えたゼロックスやライバル企業コダックをも呑み込む偉業を成し遂げた経営者として評価が高い[2][3]

経歴[編集]

長崎県出身。長崎県立長崎西高等学校東京大学経済学部1963年に卒業。東大在学中はアメリカンフットボール部に在籍。

1963年、当時の富士写真フイルムに入社し、主に営業畑を歩む。1995年取締役営業第二本部長、96年フジフイルムヨーロッパ社長などを経て、2000年に社長就任。2006年、グループ再編により、富士フイルムホールディングス株式会社と、傘下の富士フイルム株式会社代表取締役社長・CEO就任。2012年、富士フイルムホールディングス株式会社と、傘下の富士フイルム株式会社代表取締役会長・CEO就任。2009年旭日重光章2013年毎日経済人賞。2009年に3億6100万円の役員報酬を、2011年度4億3000万円の役員報酬を、2012年に4億1700万円の役員報酬を、2013年には3億9000万円の役員報酬を受けたと報じられた[4]

2017年に富士ゼロックス・ニュージーランドなどから発覚した不正会計事件を期に、「ガバナンスの強化」を目的に富士ゼロックスの取締役から代表取締役会長に就任した。

デジタルカメラの普及に伴い、写真フィルムの需要が急減する中で、写真事業の抜本的な構造改革を決断。一方で、フィルム技術を転用した液晶材料や医療事業などに経営資源をシフトさせて、事業ポートフォリオを大きく転換し、2008年3月期には、V字回復となる過去最高益を達成した。東京ミッドタウンの本社に、写真ギャラリーを作るなど、「写真文化」を守るための活動にも力を入れている[要出典]

好きな言葉、モットーは「勇気」。「人生においても仕事においても、和は大事だが、本当に正しいこと、大切なことは勇気を持ってやるべきと思います」と説明している[要出典]

NHK経営委員長[編集]

2007年6月、NHK経営委員に任命され、委員の互選により委員長に選出される。この人事は、当時の首相だった安倍晋三の強い意向によるものとされる[5]

同年10月、経営委員会は、当時の執行部が作成した5ヵ年経営計画に対して、「抽象的、部分的な改善策ではなく、抜本的に踏み込んだ改革策が求められる。問題を先送りすることなく、正面から取り組まなければならない」として計画を承認せず、再提案を要請。また、新会長として福地茂雄の起用を提案。新たな執行部体制の構築を進めた。

2008年3月、国際放送に関して、「利害が対立する問題については日本の国益を主張すべきだ。国際放送をただ強化するだけでなく一歩踏み出せ」と発言した[6]

経営委員会における古森の活動や発言に対しては、強権的・政治的との批判があり、日本ジャーナリスト会議は2008年5月12日、古森の委員長辞任を要求する声明を出した[7]。「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」などの市民団体は、2008年5月9日に、当時の首相・福田康夫に古森の委員長罷免を要求する文書を送付[8]し、同年11月16日には、12月に任期満了となる古森の再任に反対する内容の申し入れ書を、麻生内閣の首相・麻生太郎宛てに送付した[9]

2008年11月11日の会見で、「私としてやれることは大体やれた」と発言[10]。その後委員長の任期満了とともに経営委員自体も退任した[11]。古森の任期は、本業の不祥事が原因で退任した前任者の残り期間であり、2008年12月21日で終わった。

脚注[編集]

  1. ^ “規制改革推進会議、大田弘子議長ら委員決定”. 日本経済新聞. (2016年9月2日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS02H3N_S6A900C1PP8000/ 2017年2月12日閲覧。 
  2. ^ 本業のフィルムもあきらめた“55年富士マン”、ゼロックスまでのみこむ(1)2018年2月6日、中央日報
  3. ^ 本業のフィルムもあきらめた“55年富士マン”、ゼロックスまでのみこむ(2)2018年2月6日、中央日報
  4. ^ 「ゴーン社長を抜いた1位は誰?「報酬1億円以上の役員ランキング」」dot.朝日新聞出版2014/7/1
  5. ^ “財界が後押しする“安倍総理” 経済ブレーンの面々”. Business Journal (サイゾー). (2012年11月29日). http://biz-journal.jp/2012/11/post_1080.html 2015年7月7日閲覧。 
  6. ^ “「国際放送で国益主張を」 NHK経営委員長、執行部に”. 朝日新聞デジタル. (2008年3月25日). http://www.asahi.com/culture/tv_radio/TKY200803240414.html 2015年7月7日閲覧。 
  7. ^ JCJ声明:古森重隆氏はNHK経営委員長を辞任せよ”. 日本ジャーナリスト会議 (2008年5月12日). 2013年1月11日閲覧。
  8. ^ “NHK委員長の罷免要求 「政治的」と市民団体”. 共同通信社. 47NEWS. (2008年5月10日). http://www.47news.jp/CN/200805/CN2008050901000813.html 2013年1月11日閲覧。 
  9. ^ “市民団体が不再任申し入れ NHK経営委員長”. 共同通信社. 47NEWS. (2008年11月16日). http://www.47news.jp/CN/200810/CN2008101601000954.html 2013年1月11日閲覧。 
  10. ^ “古森委員長が12月退任示唆 「やることはやった」”. 共同通信社. 47NEWS. (2008年11月11日). http://www.47news.jp/CN/200811/CN2008111101000939.html 2013年1月11日閲覧。 
  11. ^ “NHK古森委員長ら3人が退任へ 経営委、当面欠員に”. 共同通信社. 47NEWS. (2008年12月9日). http://www.47news.jp/CN/200812/CN2008120901000834.html 2013年1月11日閲覧。 

外部リンク[編集]

退任はしたものの、在任中の記者会見要旨が掲載されている。
先代:
石原邦夫
日本放送協会経営委員会
委員長
2007-2008
次代:
小丸成洋