受胎告知教会

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受胎告知教会の外観

受胎告知教会英語: Basilica of the Annunciation)はイスラエルナザレにある教会で、マリアが精霊により受胎した旨を天使より知らされるのを記念した教会である[1] [2]。なお、この教会の名前に倣った「受胎告知教会」が世界中に建てられている。

概要[編集]

受胎告知教会はナザレの、カトリック教会の伝統で受胎告知が行われた場所(もとマリアの家)に建てられている。正教会の伝統では受胎告知はマリアが水汲みに行った井戸(Mary's Well)で行われたとしていて、ナザレ内の少し離れた所に正教受胎告知教会Greek Orthodox Church of the Annunciation)が建てられている。

歴史[編集]

最初期の受胎告知教会は、ローマ帝国内でキリスト教を公認したコンスタンティヌス1世の母親である聖ヘレナの指示で4世紀に建てられたとされていて、その意味で生誕教会聖墳墓教会と時代を同じくしていた。この教会は7世紀にイスラムの侵入により破壊された。

二代目の教会は十字軍の時代の1102年にタンクレードにより建てられた。この教会は完全に修復には至らなかったことが1909年の発掘で分かっていて、1187年のサラディンヒッティーンの戦いで勝っている。しかしサレディンはフランシスコ会が当地で礼拝を続けることを許可している。そして、1260年にはマムルーク朝バイバルスにより、この教会は破壊された。

時代が経って、1620年にはフランシス会がナザレに帰ることが許されて、聖なる洞窟(もとマリアの家)をカバーする簡単な教会が再建された。1730年によりしっかりした教会を建てる許可が出て、この教会はその地域のラテン語を使ってミサを行なう人々の格好の集会場になった。この教会は1877年に再修復されている。

この教会は1954年に建て替えのために壊されて、現在の教会堂はイタリア人のジオヴァンニ・ムツィオ(Giovanni Muzio)の設計で、1964年にパウロ6世により聖別され、1969年に完成している。

現在の教会堂[編集]

現在の教会堂は中近東で最大のキリスト教聖堂と言われていて、地階と1階からなる2階建てとなっている。地階へ降りて行く階段からは、地階の正面に受胎告知を受けた洞窟(もとマリアの家)が正面隅にあり、そこで小規模なミサを行えるようになっている以外は、大きな空間である。1階は大規模なミサが行なえる所で、内部壁面には各国から寄せられた聖母マリア関係の絵が飾られていて、日本の長谷川路可および彼の弟子たちによる日本画風モザイク「華の聖母子」もある[3]

ギャレリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 受胎告知教会
  2. ^ 受胎告知教会(コトバンク)
  3. ^ ナザレ 受胎告知教会

外部リンク[編集]