反町好克

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反町 好克(そりまち よしかつ、1985年9月3日-)は日本の実業家。株式会社ジョブクラウンの代表取締役及び株式会社アジアピクチャーズエンタテインメントの取締役社長(マイナビニュース”. 2017年7月1日閲覧。)であり、公認会計士、税理士、行政書士の資格を保有及び日本大学の講師。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

1985年9月3日生まれ、群馬銀行社員の両親から群馬県高崎市に生まれる。 父方の祖父は武家の名家反町家出身で、その祖父は高校の校長を経験し、その後群馬県の講演を各地から依頼され、その功績から勲三等を小泉元総理から授与される。

学生時代[編集]

2004年3月群馬県立高崎高等学校を経て、2009年3月に日本大学商学部を卒業。 中学から始めたサッカーに目覚め、中学時代、高校時代はプロサッカー選手になる夢をめざし、中学時代には県大会優勝に貢献。高校時代は、現役プロサッカー選手である中町公祐と高校1年から試合に出場し、プロを目指すも、ケガに苦しむ日々が続き、大きなけがを経験した後、プロの業界をあきらめ、次なる道を模索し始めた。サッカー選手以外やりたい仕事はみつからず1年間放浪した後、さらに次なる道を模索するため進学した大学時代では、未だに進むべき道が見つからず、大学2年までバイトに明け暮れた日々、 転機が訪れたのは大学2年で入ったゼミの大学のゼミ。 当ゼミでは、全員が 公認会計士を目指すという特殊なゼミで有り、当時の同級生にたまたま誘われ入ゼミしてから、公認会計士といった職業に興味を持ち始めたという。 大学3年からダブルスクールで本格的に会計士の勉強を始め、卒業と同時に 公認会計士試験に合格し、公認会計士の道を歩み始めた。

職歴[編集]

会社員時代[編集]

公認会計士として、2010年2月に新日本有限責任監査法人に入社する。 新日本監査法人では、超大手上場会社である製造会社や販売会社、食品会社や流通会社 など多ジャンルの会計監査を担当し、幅広い業界の知識を身に着ける。 当時は、多くの上場会社の役員会議に出席したりと経験を積み、企業の仕組み作りや、組織論、実践経営を学んだ。

起業時代[編集]

公認会計士時代、大手上場会社の経営陣と意見交換をし、若くして、起業に興味を持ちはじめる。 コンサルティング業務ではなく、なぜ起業の道に進んだのかというと、 「社員を雇う重みと経営の責任、そして日本を背負う責任を感じられるのは自ら経営する者のみ」 と、当時日本を代表する大手自動車会社役員と食事をしているときに聞いたからとのこと。 その後、当時の会計士仲間と、1社目のIT会社を創業。SNSを用いた マーケティングアプローチを大手ASP会社と組み、士業向けに開発展開した。 その後、 映画会社の買収の依頼を受け、映画会社の経営に携わる。さらにその後、個人的に相談を受けていた税務業務が増加していき、 税理士法人を立ち上げ、税理士法人を拡大。 同タイミングで、日本大学学部長から若者たちに経営の現場や 夢を持つことの大事さ、目標達成の方法を教えてほしいと講師依頼を受け、 日本大学商学部で経営学などの臨時講師を受け持ち、 若者に対して、実践経営や経営実務などを教える。 その後の雑誌インタビューによると、「様々な業界を見てきて気づいたことは、人が世界の仕事や価値、可能性を創りだしていることと、 日本の人材教育や、人材社会の矛盾であった」と書かれている。 そこで、人が自ずと集まり新しいモノを創りだす組織を形成したい思いから、「人を通じ、より良い世界を」 のキャッチコピーのもと、ジョブクラウンを設立し、 エンジニア教育と先端技術の開発事業を推し進めたと考えられる。 当該企業を通じ、IT業界、コンテンツ業界、その他様々な人の可能性を信じ多角的に展開している。

脚注[編集]

外部リンク[編集]