双葉十三郎

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双葉 十三郎(ふたば じゅうざぶろう、1910年10月9日 - 2009年12月12日)は日本の映画評論家翻訳家である。本名は小川一彦(おがわ かずひこ)。ペンネームはトム・ソーヤーに由来(双葉は「ソーヨー」、十三は「トミー」をもじったもの[1])。

人物・来歴[編集]

東京府東京市出身。幼少時から映画に熱中し、映画館に入り浸る。

東京帝国大学経済学部卒業後、住友本社に勤務。在職中から映画評論の世界に足を踏み入れ、のちに退社し映画評論家として一本立ちした。映画に対する知識は群を抜いており、特に戦前の映画など現在の映画評論家がカバーできていない映画にも造詣が深かった。

また従来の映画評論家から評価されてこなかったB級映画やSF・ホラーなどの娯楽作品も、誠実に評論したことでも知られる。雑誌「スクリーン」に40年以上連載された「ぼくの採点表」は、毎月B級のみならずC級映画にまで評論を展開して☆20点、★5点を組み合わせてそれぞれの映画に採点をしていた。この採点はおよそ偏った視点ではなく非常に公平的、一般的な視点に立った著作といえる。

この数十年に及ぶ偉業は現在、瀬戸川猛資が企画・編集した「ぼくの採点表 西洋シネマ大系」全5冊で見ることができる。

江戸川乱歩と親交があり、レイモンド・チャンドラーなど探偵小説の翻訳や関連評論も多い。それのみならず、戦後の日本にアメリカのハードボイルド小説をいち早く紹介した、第一人者であった(小鷹信光『私のハードボイルド』参照。)

またテレビ草創期時代の、連続ヒットドラマの第1号『日真名氏飛び出す』の原案者としても知られる。

なお淀川長治清水俊二らと共に、長年にわたる宝塚歌劇団のファンでもあった[2]

高齢になっても映画評論家として健筆を振っていたが、2009年12月12日心不全のために逝去。99歳没。

尚、十三郎の死後、葬儀・告別式は近親者のみで済ませた後、年明けの2010年1月15日になってからその死去が公表された。

主な著作[編集]

  • 映画の魅力 雄鶏新書、1947年
  • アメリカ映画史 名曲堂1950年
  • アメリカ映画史 白水社1951年
  • 今日のアメリカ映画 白水社、1952年
  • アメリカ映画入門 三笠文庫、1953年
  • 現代アメリカ映画作家論 白水社、1954年
  • 映画入門 池田書店、1954年(映画文庫)
  • 女優デカメロン ハリウッドの内幕 鱒書房(コバルト新書)、1955年
  • 映画の学校 晶文社1973年
  • 映画の発見 藤森書店(文学芸術の本)、1977年9月
  • 外国映画25年みてある記 ぼくの採点表(アメリカ編+ヨーロッパ編) 近代映画社1978年
  • 日本映画批判 一九三二~一九五六 トパーズプレス1992年8月
  • ぼくの採点表 西洋シネマ大系 1 - 4 トパーズプレス、1988-91年
  • ぼくの採点表 西洋シネマ大系別巻(戦前篇) トパーズプレスのちキネマ旬報社1997年3月
  • 20世紀ムーヴィーズ 西洋シネマ大系 ぼくの採点表総索引 同上、1997年5月
  • ぼくの採点表 西洋シネマ大系 5 キネマ旬報社、2001年
  • 外国映画ぼくの500本 文春新書2003年
  • 日本映画ぼくの300本 文春新書、2004年
  • 外国映画ハラハラドキドキぼくの500本 文春新書、2005年
  • 愛をめぐる洋画ぼくの500本 文春新書、2006年
  • 外国映画ぼくのベストテン50年 近代映画社、2007年
  • ミュージカル洋画ぼくの500本 文春新書、2007年
  • ぼくの特急二十世紀-大正昭和娯楽文化小史 文春新書、2008年

没後刊[編集]

  • ぼくの採点表The Best(上下) 近代映画社、2010年9月
  • 双葉十三郎WORKS 近代映画社 2011年2月より、※2013年夏現在8巻目まで刊

翻訳[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「編集手帳」『読売新聞』、2010年1月16日、13版、1面。
  2. ^ 清水俊二の回想記『映画字幕五十年』に、宝塚のスターや幹部たちとの写真がある。 早川書房、1985年。のちハヤカワ文庫で再刊。

関連人物[編集]