友愛会

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友愛会(ゆうあいかい)は、戦前日本で結成された労働者団体。労働者の団結と解放を主張した。

1912年8月1日鈴木文治ら15名が集まって組織された。鈴木文治がクリスチャンであったことから、キリスト教の精神に立脚していた。また、渋沢栄一からの援助も受けており、結成当時は労働者同士の相互扶助が目的で、性格は共済組合であり、現在言われているような労働組合ではなかった。

  • われらは互いに親睦し、一致協力して相愛扶助の目的を貫徹せんことを期す。
  • われらは公共の理想に従い、識見の開発、徳性の涵養、技術の進歩を図らんと期す。
  • われらは共同の力に依り着実なる方法を以って、われらの地位の改善を図らんと期す。

といったような綱領を掲げていた。 当時の男性労働者には、任侠肌で浪費や遊蕩を好むといった「男らしさ」を至上の価値観とする対抗文化が形成されており、社会から疎外される階級となっていた。友愛会は労働者の地位向上のためには、労働者自らが刹那的で傍若無人な態度を改め、一般社会と価値基準を共有し社会規範に則った生活を実践する事で蔑視の対象から脱するべきとする修養主義を唱えた[1]

修養主義がどの程度労働者に受容されたかは定かではないが、大戦景気の終了とともに貧困の波が労働者を襲うようになると、その原因を個人の生活態度に還元することは困難となった[1]。 友愛会は第一次世界大戦の下で急増していた労働争議に多く関係し、次第にその性格を変更させ、労働組合としての性格が強くなり、1919年には大日本労働総同盟友愛会に、1921年には日本労働総同盟に改称された。

脚注[編集]

  1. ^ a b 藤野裕子『都市と暴動の民衆史:東京・1905-1923年』有志社 2016年 第2刷、ISBN 9784903426983 pp.256-258.

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