厳斗一

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厳 斗一
Om, Tu Il
個人情報
生誕 (1971-06-12) 1971年6月12日(50歳)
京都府
教育経営学部
出身校青山学院大学
職業税理士
身長175 cm (5 ft 9 in)
体重65 kg (143 lb)
スポーツ
日本の旗 日本
競技ITFテコンドー
重量級ライト級

厳斗一(オム・トゥイル、1971年6月12日 - )は、ITFテコンドーの指導者・師賢(マスター)。テコンドー・オムスクール代表。日本国際テコンドー協会 (ITF-JAPAN) 理事を務める。

人物・来歴[編集]

京都府在日コリアン3世として生まれる。1982年11月、ITFテコンドー日本普及開始時の一期生として、11歳よりテコンドーを始める。1988年、17歳の時に第6回世界選手権(ハンガリーブダペスト)の日本代表に選抜され、黄秀一らと男子団体型の部で金メダルを獲得。速水勇黄秀一とともに「テコンドー三羽烏」と呼ばれ、1990年代のITFテコンドーを代表する選手の1人として活躍した。1991年4月、大学入学資格検定に合格[1]し、青山学院大学経営学部入学。

大学卒業後、1997年9月に会計事務所のKPMGピートマーウィック入社。2000年2月、同社を退社するとともに日本におけるテコンドー普及を事業目的とした会社を設立、東京都・千葉県でテコンドーの指導にあたる[2]。選手としては2001年2002年の全日本選手権を2連覇、2002年にはMVPを獲得した。

現役引退後は、自身の名を冠した「テコンドー・オムスクール」の代表として後進の指導と育成に尽力。国際大会で活躍する選手達を輩出している。また、雑誌・月刊フルコンタクトKARATEの連載「厳斗一の日々雑感~テコンドー・インストラクターの毎日~」を執筆していた。

2019年8月24日、昇段審査で7段に昇段、師賢(マスター)の称号を授与された[3]

身長175cm、体重65kg。東京都足立区在住。

主な戦績[編集]

  • 1988年4月 - 第6回世界テコンドー選手権大会(ハンガリーブダペスト)男子団体型優勝。17歳で日本代表の一人として選抜された。
  • 1990年4月 - 第1回全日本大会ライト級準優勝
  • 1990年8月 - 第7回世界テコンドー選手権大会(カナダモントリオール)日本代表
  • 1991年4月 - 第2回全日本大会ヘビー級優勝
  • 1992年4月 - 第3回全日本大会ライト級準優勝
  • 1992年9月 - 第8回世界テコンドー選手権大会(北朝鮮平壌)日本代表。3段型準優勝[4]
  • 1993年4月 - 第4回全日本大会ライト級優勝
  • 1994年4月 - 第5回全日本大会ミドル級準優勝
  • 2001年6月 - 第12回全日本大会ライト級優勝
  • 2002年6月 - 第13回全日本大会ライト級優勝・3段型優勝、同大会MVP獲得

テコンドー・オムスクール[編集]

厳斗一は自身の名を冠したテコンドースクール「テコンドー・オムスクール」を主宰している。同スクールは、東京都足立区千葉県柏市千葉市等で教室を開いている。

出身選手[編集]

オムスクールは日本代表選手を輩出しており、国際大会での戦績を残している。

脚注[編集]

  1. ^ 日々雑感 ~テコンドーインストラクターの毎日~ 2006年3月14日
  2. ^ テコンドー・オムスクール 指導員紹介 厳斗一
  3. ^ ITF Masters
  4. ^ VIII World Senior Championships TKD ITF Results – 1992

外部リンク[編集]