原田泳幸
はらだ えいこう 原田 泳幸 | |
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| 生誕 |
原田 永幸 1948年12月3日(70歳) |
| 国籍 |
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| 出身校 | 東海大学工学部通信工学科卒業 |
| 職業 | 経営者 |
| 配偶者 | 谷村有美 |
原田 泳幸(はらだ えいこう、1948年12月3日[1] - )は、日本の経営者。ソニー(株)社外取締役。(株)ベネッセホールディングス、(株)ベネッセコーポレーション、日本マクドナルドホールディングス(株)、日本マクドナルド(株)、アップルコンピュータ(株)社長を歴任。「プロ経営者」と呼ばれた[2]。
来歴[編集]
長崎県佐世保市出身。妻はシンガーソングライターの谷村有美。2005年6月から「原田泳幸」を自称(それ以前は「原田永幸」。戸籍上の名前も「永幸」)。
元アップルコンピュータ株式会社代表取締役社長兼米国アップルコンピュータ社ヴァイスプレジデント[1]。日本マクドナルドから社長として迎えるという打診があり、米マクドナルド本社からヘッドハンティングされた事で、Macintoshの略称・愛称「マック」から、「原田氏、マックからマックへ転身」等と報道された。
Apple経営[編集]
米国本社就任を終え、経営不振に陥った日本法人の社長に就任。事業基盤の改革、iMacの大ヒット、販売店変革等でV字回復を実現。
AppleStoreの現在地第1号店をオープン。iPodの発売開始等、スティーブ・ジョブズと7年間一緒に仕事をし、今日のAppleの幕開けとなる。
マクドナルド経営[編集]
2004年より、日本マクドナルド株式会社CEOとなる。前任の創業者社長である藤田田が進めてきたバリュー戦略の見直しを次々に打ち出した。行き過ぎた安売りで失墜したマクドナルドのブランドイメージを短期間で建て直したとされた[3]。その経営手腕の評価から、2009年12月に「GQ Men of the Year 2009」の一人に選ばれ、2011年10月には日本経団連の関連組織である経済広報センターより「企業広報経営者賞」を受賞した。藤田時代は店舗の3割はFC店舗で、のれん分けのような形式で店長たちを独立させていたが、優秀なFCオーナーに多くの店舗を運営してもらい、本社がメニュー開発や販売促進策の立案に注力するビジネスモデルに転換し、FC店舗の比率を7割に高め直営店を減らした[4]。
2009年、GQ MEN OF THE YEAR 2009を受賞[5]。
2013年6月に、ソニーとベネッセホールディングスの社外取締役に就任した。2013年8月27日付けで日本マクドナルド(事業会社)の社長をサラ・カサノバに譲り、原田は持ち株会社である日本マクドナルドホールディングスの会長兼社長と事業会社の会長に留まった[6]。また、2014年3月25日にサラ・カサノバが日本マクドナルドホールディングスの社長に就任したため[7]、原田は両企業の代表権を持たない会長になった[8]。
ベネッセ経営 [編集]
2014年6月21日、前年から社外取締役として在任しているベネッセホールディングスの代表取締役会長兼社長に就任した[9][10][11]。
2014年6月下旬、ベネッセHD代表取締役会長兼社長として就任した直後に、2000万件余の個人情報が情報漏洩したベネッセ個人情報流出事件が発覚した[12]。
学歴[編集]
- 1968年 - 長崎県立佐世保南高等学校卒業。
- 1972年 - 東海大学工学部通信工学科卒業[1]。
- 1995年 - ハーバード・ビジネス・スクール Advanced Management Program(12週間の合宿型短期講座)修了[1]。
職歴[編集]
- 1972年 - 日本NCR(株)入社[1]。
- 1980年 - 横河ヒューレット・パッカード(株)入社[1]
- 1983年 - シュルンベルジェ・グループ入社 取締役マーケティング部長、取締役ATE事業部長[1]。
- 1990年 - アップルコンピュータ・ジャパン(株)(当時)入社 マーケティング部長[1]。
- 1993年 - 同社 ビジネスマーケット事業部長 兼 マーケティング本部長就任[1]。
- 1994年 - 同社 取締役マーケティング本部長就任[1]。
- 1996年 - 米国アップルコンピュータ社 ワールドワイドコンシューマーマーケティング/SOHO担当ヴァイスプレジデント就任(米国本社勤務)。
- 1997年 - アップルコンピュータ(株)代表取締役社長兼米国アップルコンピュータ社副社長就任。
- 2004年 - 日本マクドナルドホールディングス(株)、日本マクドナルド(株)取締役副会長兼社長兼最高経営責任者 (CEO) 就任。
- 2005年 - 同両社代表取締役会長就任、社長及びCEO兼任。
- 2013年 - ソニー(株)、(株)ベネッセホールディングス 社外取締役就任。
- 2013年 - 日本マクドナルド(株)の代表権及び社長兼CEOを退任し、代表権のない取締役会長に就任。
- 2014年 - 日本マクドナルドホールディングス(株)の代表権及び社長兼CEOを退任し、代表権のない取締役会長に就任。
- 2014年 - (株)ベネッセホールディングス代表取締役会長兼社長、及び国内教育カンパニー長就任。
- 2014年 - (株)ベネッセコーポレーション代表取締役社長就任。
- 2015年 - 日本マクドナルドホールディングス(株)、日本マクドナルド(株)取締役会長退任。
- 2016年 - (株)ベネッセホールディングス代表取締役会長兼社長、(株)ベネッセコーポレーション代表取締役社長退任[13]。
人物[編集]
毎朝約10キロ走るなど、ランニングを趣味としている。東京マラソンに2011年から8回連続で参加し、ベストタイムは2012年の4時間2分。
著書[編集]
単著[編集]
- とことんやれば、必ずできる(2005年4月23日、 かんき出版)ISBN 978-4761262433
- ハンバーガーの教訓―消費者の欲求を考える意味(角川oneテーマ21)(2008年1月、角川書店)ISBN 978-4047101296
- 日本マクドナルド社長が送り続けた101の言葉(2008年2月19日、かんき出版)ISBN 978-4761265021
- 勝ち続ける経営 日本マクドナルド原田泳幸の経営改革論(2011年12月7日、朝日新聞出版)ISBN 978-4023310162
- 大きく、しぶとく、考え抜く。‐原田泳幸の実践経営論‐(2012年9月26日、日本経済新聞出版社)ISBN 978-4532318260
- 成功を決める「順序」の経営 勝つためには戦略の順番を間違えるな‐(2013年6月3日、日経BP社)ISBN 978-4-8222-7419-1
- ストイックなんて無用だ‐(2013年9月19日、ポプラ社)ISBN 978-4-591-13634-8
共著[編集]
- 伊藤元重『マクドナルドの経済学』(2012年3月22日、PHP研究所)ISBN 978-4569796628
脚注[編集]
- ^ a b c d e f g h i j “アップルコンピュータ、志賀社長退陣。後継は原田米本社副社長”. PC Watch (1997年4月11日). 2012年8月28日閲覧。
- ^ “ビジネス最前線「プロ経営者」受難の時代 原田ベネッセ社長退任”. 日本経済新聞. (2016年5月11日) 2016年6月27日閲覧。
- ^ 週刊東洋経済 (2014年4月12日). “次はベネッセで全権、原田流経営の光と影「99パーセントのエネルギーはベネッセに費やす」”. 東洋経済オンライン 2014年6月24日閲覧。
- ^ “マクドナルドがFC出店加速 比率、年内7割に”. 日本経済新聞. (2012年9月1日) 2015年4月6日閲覧。
- ^ “過去のMen of the Year受賞者たち【国内編】”. GQ JAPAN. 2014年11月21日閲覧。
- ^ “日本マクドナルド、事業会社社長にサラ・カサノバ氏”. J-CASTニュース. (2013年8月27日) 2014年3月27日閲覧。
- ^ “社長兼CEOにカサノバ氏 日本マクドナルドHD”. 共同通信. (2014年2月19日) 2014年3月27日閲覧。
- ^ “マクドナルド、原田氏が持ち株会社社長兼CEO退任”. 日本経済新聞. (2014年2月19日) 2014年3月27日閲覧。
- ^ “代表取締役社長の異動に関するお知らせ (PDF)”. 株式会社ベネッセホールディングス (2014年3月27日). 2014年3月27日閲覧。
- ^ “ベネッセHD、会長兼社長にマクドナルドの原田氏 正式に発表”. 日本経済新聞. (2014年3月27日) 2014年3月27日閲覧。
- ^ “ベネッセ会長兼社長に原田氏 マクドナルドの会長”. 共同通信. (2014年3月27日) 2014年3月27日閲覧。
- ^ “ベネッセ情報流出 派遣社員は業務装い大胆犯行、顧客情報2000万件”. 産経デジタル (2014年7月16日). 2014年7月16日閲覧。
- ^ “代表取締役の異動ならびに役員人事の内定に関するお知らせ” (PDF). 株式会社ベネッセホールディングス. (2016年5月11日) 2016年6月29日閲覧。
関連項目[編集]
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