原田おさむ

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原田おさむ
本名 原田理
生年月日 (1975-12-12) 1975年12月12日(41歳)
出身地 大阪府
血液型 A型
身長 187cm
方言 関西弁
師匠 なし
芸風 漫談コント
事務所 大滝エージェンシー
同期 ミサト
過去の代表番組 爆笑BOOING

原田 おさむ(はらだ おさむ、1975年12月12日 - )は、日本のお笑い芸人(ピン芸人)。本名:原田理。大阪府出身。血液型はA型

来歴[編集]

1994年デビュー。芸歴は19年目(2013年1月現在)。基本的に会社員をしながら活動している。R-1ぐらんぷりに初回大会から毎年出場。2回戦までの常連となっている。飄々としたしゃべり方が独特で1996年にNHKのドラマ新銀河『京都発・ぼくの旅立ち』でレギュラーのタケシ役に抜擢される。NHKの朝の連続ドラマ『やんちゃくれ』では、ヒロインの小西美帆を面接会場で叱咤する冷酷な面接官越川を演じるなど、数本のNHKの連続ドラマに顔を出している。

所属していた大滝エージェンシーを辞めた後はフリーで活動していたが、2009年4月に松竹芸能所属になる。R-1ぐらんぷりでは毎年1回戦の壁が越えられず、2010年大会でやっと2回戦に進出した。2013年大会では3回戦に初進出を果たした。

2013年6月5日、松竹芸能との契約打ち切りを機に原田おさむ事務所を設立。2014年再度大滝エージェンシー所属となる。

芸風[編集]

独特な語り口で人の心をくすぐってゆく。パチンコ店のマイク放送でフリップをめくってゆくネタがある。

「近所のヤンキー」ものまね・「仲村トオル」ものまね・「ケンシロウ漫談」・「貞子」など。

2011年1月よりTBS『あらびき団』でスーパー店員の特売放送ものまねを披露。

そのハリのある声で漫画北斗の拳ドラゴンボールを朗読し、そのギャップで笑いを誘う。

エピソード[編集]

関西テレビ爆笑BOOINGでは3週勝ち抜きの記録を持っているが、敗退したときに号泣し芸人の苦しみを客席にぶちまけた。当時としては斬新な出来事だった。芸歴の長さに比例して会社員として出世し、妻と子供をもうけたが芸への情熱は失われず、ピン芸人をしている。素人時代から現在まで誰ともコンビやユニットを一切組まず、現在では珍しい生粋のピン芸人である。

仕事に対する姿勢[編集]

芸人としての最高の報酬は「お客さんの笑い」という信念をもっており、ノーギャラでも求められればどんな場所でもネタをする。

過去にスポーツバーでサッカーを観戦している客の隣でネタをして「うるさい!」と言われマイクのスイッチを切ってでもネタをしたことがある。

会社員と芸人活動の両立のために自身のスケジュールは一年中どちらかで埋め尽くされている。

芸人活動で家族サービスがおろそかになったときは家族で劇場近くの動物園に行き、途中で抜け出して自分だけ劇場に出演していた。

自他共に認める愛妻家である。

日本で唯一のフェイスブック芸人として[編集]

会社員として多忙なため、ライブや舞台出演する機会が減り、ソーシャルネットワークフェイスブックを利用した芸能活動を行っている。日本で唯一のフェイスブック芸人である。

新ネタの動画アップ、芸人としての体験談「売れてない芸人あるある」、そして家族との心温まるエピソードが人気である。さらにフェイスブックが縁で2013年公開の日本映画『ペコロスの母に会いに行く』に出演が決定するなど、その活動は順風満帆に思えたが、事務所所属芸人としてはろくに事務所のライブや舞台に出演せず、幽霊所属状態であった。さらにフェイスブックでの知名度が上がり、本人の投稿した記事のクレーム、問い合わせが所属事務所に来るようになり、そして2013年6月、松竹芸能より本人に「所属芸人ではない」との通告があり、事実上の契約解除となった。ソーシャルネットワーク上での知名度アップが、逆に芸人として所属事務所を失う事となり、極めて異例の事態となった。

受賞歴[編集]


主な活動[編集]

  • 松竹芸能若手ライブ「ネタ修行」など
  • R-1ぐらんぷり2010二回戦進出
  • R-1ぐらんぷり2011二回戦進出
  • R-1ぐらんぷり2012二回戦進出(三年連続達成)
  • R-1ぐらんぷり2013三回戦進出
  • R-1ぐらんぷり2015二回戦進出
  • R-1ぐらんぷり2016二回戦進出(二回戦以上進出6回目達成)

出演番組[編集]

映画(出演)[編集]

外部リンク[編集]