原島礼二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

原島 礼二(はらしま れいじ、1931年8月2日[1] - )は、日本昭和期から平成期にかけての歴史学者である。埼玉大学名誉教授。専門は、日本古代史。

人物・来歴[編集]

東京府に生まれる。1957年埼玉大学文理学部文学科卒業。埼玉大学教養部教授を経て、1996年に定年退官。同大学名誉教授。

著書[編集]

単著[編集]

  • 日本古代社会の基礎構造(未來社、1968年)
  • 倭の五王とその前後(塙選書、塙書房、1970年)
  • 大王と古墳(学生社、1971年)
  • 神武天皇の誕生(新人物往来社、1975年)
  • 日本古代王権の形成(歴史科学叢書、校倉書房、1977年)
  • 古代の王者と国造(教育社、1979年)
  • 邪馬台国から古墳の発生へ(六興出版、1987年)
  • 古代東国の風景(吉川弘文館、1993年)

共著[編集]

編著[編集]

  • 出雲神話から荒神谷へ(六興出版、1988年)

論文[編集]

  • 大夫小論覚書―七世紀前半の大和政権中枢部について(『歴史評論』113、校倉書房、1960年)
  • 名代子代の概念についての一解釈(『日本歴史』141、吉川弘文館、1960年)
  • 大化前代の親衛軍をめぐる問題(『歴史学研究』241、青木書店、1960年)
  • 天武八姓の歴史的意義(上)(『歴史評論』122、校倉書房、1960年)
  • 天武八姓の歴史的意義(下)(『歴史評論』123、校倉書房、1960年)
  • 律令国家の年間鉄使用量(上)(『続日本紀研究』8(2),11-18、1961年)
  • 律令国家の年間鉄使用量(下)(『続日本紀研究』8(3),6-18、1961年)
  • 古代出雲服属に関する一考察(『歴史学研究』249、青木書店、1961年)
  • 律令国家の基礎構造(『歴史評論』126、校倉書房、1961年)
  • 上毛野「伝承」採用の条件―7世紀後半の上毛野氏の地位から(『日本歴史』154、吉川弘文館、1961年)
  • 大和政権と地方豪族―関東地方の屯倉を例として(『日本史研究』54、日本史研究会、1961年)
  • 八色姓と天武政権の構造(『史学雑誌』70(8)、山川出版社、1961年)
  • 八世紀の鉄生産をめぐる諸問題(上)(『歴史評論』131、校倉書房、1961年)
  • 八世紀の鉄生産をめぐる諸問題(下)(『歴史評論』132、校倉書房、1961年)
  • 8世紀における鉄の所有と流通(『歴史学研究』256、青木書店、1961年)
  • 家父長制的世帯共同体説に関する覚書―門脇禎二氏著「日本古代共同体の研究」によせて(『歴史学研究』263、青木書店、1962年)
  • 房戸制について(『ヒストリア』33、大阪歴史学会編、1962年)
  • 里制の性質に関する一考察―古代籍帳の戸の評価をめぐって(『歴史学研究』267、青木書店、1962年)
  • 八世紀の稲作に関する二、三の問題(『歴史評論』148、校倉書房、1962年)
  • 公営田と正長の経営に関する二、三の問題(『歴史学研究』276、青木書店、1963年)
  • 天津罪と国津罪とその社会的背景(『歴史学研究』290、青木書店、1964年)
  • 里制と戸の関係について(『歴史評論』168、校倉書房、1964年)
  • 日本古代国家成立期の農業労働形態(『日本史研究』76、日本史研究会、1965年)
  • 7世紀における農民経営の変質(1)(『歴史評論』177、校倉書房、1965年)
  • 7世紀における農民経営の変質(2)(『歴史評論』179、校倉書房、1965年)
  • 7世紀における農民経営の変質(3)(『歴史評論』181、校倉書房、1965年)
  • 寄口の史的意義(『歴史学研究』311,38-54、青木書店、1966年)
  • 記紀完成期の国家と人民―律令体制成立史序説(『歴史学研究』339,1-12、青木書店、1968年)
  • 四〜五世紀の倭王と大王(『歴史評論』227,19-40、校倉書房、1969年)
  • 県主と稲置(『日本歴史』260,45-55、吉川弘文館、1970年)
  • 畿内における巨大古墳の編年と王権の性格(1)(『考古学研究』17(2),65-85、1970年)
  • 畿内における巨大古墳の編年と王権の性格(2)(『考古学研究』17(3),50-76、1970年)
  • 畿内における巨大古墳の編年と王権の性格(3)(『考古学研究』17(4),7-35、1971年)
  • 御名代と子代の再検討(『歴史学研究』387,1-12、青木書店、1972年)
  • 宮号の虚実と類型(『日本歴史』292,1-12、吉川弘文館、1972年)
  • 教科書検定と村尾次郎氏の証言(『歴史学研究』389,60-64,55、青木書店、1972年)
  • 神武東遷物語の原形と朝鮮問題(『歴史評論』274,1-11、校倉書房、1973年)
  • 文献にあらわれた鉄(『鉄』、社会思想社、1974年)
  • 六世紀日本の朝鮮侵略と軍事動員体制(『朝鮮史研究会論文集』11,51-71、朝鮮史研究会編、1974年)
  • 伊場遺跡の学術的価値について(『歴史評論』305,9-17、校倉書房、1975年)
  • 武蔵国足立郡の領域と郷名(小野文雄教授退官記念論文集、『埼玉大学紀要 人文科学篇』26,13-21、埼玉大学教養部編、1977年)
  • 共同体の歴史的意義(『史潮』2,49-50、弘文堂、1977年)
  • 埼玉稲荷山古墳出土の鉄剣銘文について(『歴史評論』346,3-19、校倉書房、1979年)
  • 三国志の里程と東冶と水行(『埼玉大学紀要 人文科学篇』30,1-26、埼玉大学教養部編、1981年)
  • 吉備・磐井・偉容を誇る巨大墳墓(『現代の眼』23(1),75-78、現代評論社、1982年)
  • 奈良県明日香村酒船石北遺跡の発掘調査関係資料(『埼玉大学紀要 人文科学篇』41,41-60、埼玉大学教養部編、1992年)
  • 関東地方の渡来文化、渡来人は何をもたらしたか(『歴史読本』臨時増刊236-243、新人物往来社、1994年)
  • 古い時代の文字の発見に想う(『東アジアの古代文化』100,167-168、大和書房、1999年)

書評[編集]

  • 洞富雄著『庶民家族の歴史像』(『歴史評論』200,121-123、校倉書房、1967年)
  • 近藤義郎藤沢長治編『日本の考古学4、5 古墳時代』、三上次男楢崎彰一編『日本の考古学6、7 歴史時代』(『考古学研究』14(4),91-95,77、1968年)
  • 藤間生大『日本古代国家』(『歴史評論』221,51-58、校倉書房、1969年)
  • 上田正昭著『日本古代国家論究』(『史学雑誌』78(8),68-74、山川出版社、1969年)
  • 岸俊男著『日本古代政治史研究』(『歴史学研究』353,49-52,44、青木書店、1969年)
  • 石部正志他『古市、百舌鳥古墳群における主要古墳間の連関規制について』をよんで(『古代学研究』62,39-42、古代学研究会、1971年)
  • 原秀三郎編『大系日本国家史1 古代』(『歴史評論』313,93-97、校倉書房、1976年)

脚注[編集]

  1. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.338