危険思想

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危険思想(きけんしそう)とは、国家の政治、経済、文化の秩序、存立、発展、繁栄を保つうえで、害を及ぼすであろうとされる思想を指していう。左寄りまたは右寄りの過激な人物を指して危険思想の持ち主であると報道されることがある[1][2]。危険思想を持った人物の事は危険人物と呼ぶ[3]。また無差別テロ行為など、実際に危険な行為をはたらく一部の原理主義者の思想を指す場合もある。

日本での歴史[編集]

戦前、高等遊民の増加が危険思想の蔓延につながると考えられている時代があった[4]天皇主権が浸透していた戦前においても、大逆事件の発生や難波大助の登場など、危険思想と見做された思想を持った人々の存在は知られていた。

第二次世界大戦終了後、日本民主化され、左翼活動が合法化された。それまで非合法であった日本共産党は国会に議席を持つようになった。ところが、冷戦の激化とともに日本の立ち位置にも変化が生じ、当時日本を占領していたアメリカ合衆国は、ロシアへの牽制などを目的に民主化を徹底させる必要から反共主義を優先するようになり、日本における共産主義活動および共産主義思想を持つ人物への取り締まりを開始した。

1950年代には、所感派国際派に分かれ、所感派の指導下に置かれた日本共産党が火炎瓶などを用いた革命のための武装闘争を開始したが失敗した。

1970年代に入ると、日本社会党・日本共産党式の平和路線を否定した新左翼の集団が暴力革命をめざして様々な過激な闘争を行ったがこれもまた失敗した。

2010年代を迎えた現在、左翼勢力による暴力事件は鳴りを潜めているものの、前述の経緯から共産主義・無政府主義、ひいては左翼を危険思想を持つ人物・集団と断定する傾向もある[5]

脚注[編集]

  1. ^ [1]
  2. ^ [2]
  3. ^ [3]
  4. ^ [4]
  5. ^ 「戦後左翼に学ぶ暴力入門〈其の一〉新左翼から過激派へ 彼らがいかに人を殺してきたか」若杉大 JAPANISM17号

危険思想とされた思想[編集]

関連項目[編集]