南極1号

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南極1号(なんきょくいちごう)とは


南極1号(なんきょく1ごう)は、アダルトショップ通信販売などで販売されているダッチワイフの製品名。名称は南極観測基地の第一次越冬隊のために開発されたものだと噂されていたことから名付けられた。海水浴の浮き輪のように空気で膨らませ使用する。

南極越冬隊が持って行ったとされるダッチワイフ[編集]

以下は、まことしやかに伝聞される開発経緯のひとつ。ただし、これが事実である証拠は全くない。

南極1号は、南極観測基地の第一次越冬隊のために文部省(現:文部科学省)の依頼により開発がなされた。開発スタッフには心理学者も含み完成させたダッチワイフであったが、第一次越冬で試験的運用がなされたのみで、1回限りの越冬の試用にとどまった。このダッチワイフは2年間の間に3個試作された。当時はその存在がタブーとされ、知られていなかったが、近年その全貌を、九州大学理学部名誉教授北村泰一博士らが証言した。南極1号の開発は3個の試作を以て休止したが、『南極2号』以降の開発は民間企業ベースで継続された。

以下は、南極越冬隊がダッチワイフを持っていったとされる根拠のひとつで、第一次南極越冬隊隊長西堀栄三郎の『南極越冬記』(岩波新書)からの引用である。

五月十日の條は右記の通り。
「十日。イグルーを整備し、人形をおく。みんな、この人形を、ベンテンさんとよんでいる。わたしは、越冬を実行するまえに、この問題をどう解決したらよいか、いろいろ考えた。大して重大に考えなくても、けっこうコントロールがつくように思えるし、また、越冬隊員には若くて元気な人もいるのだから、やはり処置をこうじておかなければならないように思う。出発前に、オーストラリアを訪れたときも、わたしは、ざっくばらんにむこうの人たちの経験を聞いてみた。いろいろ考えたすえが、こういう案になったわけである」

ちなみに七月二日の條によれば、ここまでの間に使用者は一人もいなかったそうである。


極地宇宙空間(宇宙ステーション)といった極限の環境下での長期滞在中における性欲にまつわる諸問題は一概に軽蔑軽視されるべきものではなく、現在でも大真面目に研究を行っている者が世界各地に存在している(また、将来的には火星への有人飛行計画などで、隔絶された狭い宇宙船内での年単位に及ぶ研究活動と生活が実際に実施されるようになれば、これが深刻な問題となるのではないかと考えている者もいる)。[要出典]

具体的には、ソビエト連邦の宇宙ステーション、ミールにも存在していた(ミール#搭載機器にまつわる話参照)。

参考文献[編集]

  • 中野征紀『南極越冬日記』(朝日新聞社、1958年)
  • 西堀栄三郎、1958、『南極越冬記』、岩波新書 ISBN 4-00-415102-3 - p.73, 132による(32刷)
  • 北村泰一『南極第一次越冬隊とカラフト犬』(教育社、1982年) ISBN 4-315-40449-7
  • 宮嶋茂樹『不肖・宮嶋 南極観測隊ニ同行ス』(新潮文庫、2001年) ISBN 4-10-124231-3
  • 高月靖『南極1号伝説 ダッチワイフからラブドールまで 特殊用途愛玩人形の戦後史』(バジリコ、2008年) ISBN 978-4-86238-093-7
  • 『日本週報』(1983年4月15日号)

関連項目[編集]