南壮一郎

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みなみ そういちろう
南 壮一郎
生誕 1976年[1]
日本の旗 日本大阪府[1]
出身校 浜松北高等学校タフツ大学
職業 実業家
影響を受けたもの ジャック坂崎[2]三木谷浩史[3]、島田亮[4]
受賞 世界経済フォーラムヤング・グローバル・リーダーズ[5][6]
日本起業家賞2015「米国ビジネス賞」[7]

南 壮一郎(みなみ そういちろう、1976年(昭和51年)[1] - )は、日本実業家起業家モルガン・スタンレーやスポーツ関連業務の起業を経て、2004年から2007年まで楽天イーグルスの創業に参画、初年度からの黒字化に貢献した。2009年に株式会社ビズリーチを起業し、現在は同社代表取締役社長2014年世界経済フォーラムヤング・グローバル・リーダーズ」選出、2015年日本起業家賞2015「米国ビジネス賞」受賞者。

来歴・人物[編集]

幼少期から学生時代[編集]

1976年大阪府に生まれる[1]。幼稚園の頃は当初静岡県磐田市に住んでいたが[8]、途中の6歳から13歳までカナダトロントで過ごす[9]。子供の頃からスポーツが大好きで[9]、10歳の時から夢は大リーグの球団オーナーになることであった[8]。帰国して磐田市に戻るが、すぐに浜松市へ転校している。中学・高校とサッカーに打ち込み、高校時代にはキャプテンや静岡県西部地区選抜に選ばれている[8]

南は大学進学にあたってアメリカ留学を志し、学校には反対されながらも、両親の理解のもと自ら情報収集を進め、最終的にタフツ大学に進学した[10][11]。年度当初に渡されたお金を元に株式を運用したり、サッカー部で活動したりした、生徒会評議員にも立候補・当選した[11]。また、3年生の時には上智大学の交換留学生となり、1998年2月には長野オリンピック通訳を経験している[11]

ジャック坂崎の著書に感銘していた南は、1998年頃に就職相談という形で面会する機会に恵まれる。スポーツビジネスへの思いを語るが、スポーツ業界に入る前にビジネスの土台を積むことを示唆される[11]1999年、南は数量経済学部・国際関係学部の両学部を卒業する[10]

モルガンから楽天球団、放浪時代[編集]

南は大学卒業後、モルガン・スタンレー証券東京支社に入社。投資銀行部でM&Aアドバイザリー業務をこなす。南は後年、ここでの経験が社会人・ビジネスマンとしての土台となったと語っている[10][11]。その後、香港・PCCWグループの日本支社の立ち上げに参画する[10][3]

2002年日韓ワールドカップで日本代表のワールドカップ初勝利を目撃したことから、とにかくスポーツに携わる仕事がしたいと思うようになる。2003年に退職し、株式会社S-1 スポーツを設立。フットサル場の管理やテニス大会の通訳などをこなす[3]カルチュア・コンビニエンス・クラブの仕事を手伝った縁で、増田宗昭の紹介により三木谷浩史と出会う[3]2004年9月、に直談判し、株式会社楽天野球団の創業メンバーとなる[12]

球団ではチーム運営や各事業の立ち上げをサポートした後、GM補佐、ファン・エンターテイメント部長、パ・リーグ共同事業会社設立担当などを歴任し[13]、球団事業においては不可能とされていた初年度からの黒字化成功に貢献。将来の球団社長候補と見られていたが、まだ若過ぎたことから一度外に出ることを提言される。南は2007年に楽天を退社し、1年間ほど世界を旅する[4]

ビズリーチの起業[編集]

世界旅行の後、南は転職活動を開始。しかし、助言してくれるヘッドハンターの意見が食い違うことから、現状の求職者と求人側のミスマッチを実感する。これが契機となって、2009年4月、仲間7名で株式会社ビズリーチを設立し、管理職・グローバル人材に特化した会員制転職サイト「ビズリーチ」を開設する[14]

2010年8月にはビズリーチ社内でセレクト・アウトレット型ECサイト「LUXA(ルクサ)」を立ち上げ、同年10月に株式会社ルクサとして分社化[15][16]。さらに2012年10月、シンガポールを拠点とするビズリーチのアジア版「RegionUP(リージョンアップ)」を開設し[17]2015年には企業も求職者も無料で利用できるクラウド型採用サービス「スタンバイ」を開始している[17][18]

南はジュビロ磐田のアドバイザーを務めており[13]2015年には起業家を扱った書籍で取り上げられた[19]。また、2014年には世界経済フォーラムの「ヤング・グローバル・リーダーズ」に選出され、2016年年次総会(World Economic Forum Annual Meeting 2016、通称「ダボス会議」)に出席している[20]

2017年[要出典]に結婚し、結婚式では岩瀬大輔が司会を務めた[21][注釈 1][注釈 2]

略歴[編集]

受賞歴[編集]

  • 2014年 - 世界経済フォーラム(ダボス会議)のYoung Global Leadersの1人に選出[17][5][6]
  • 2015年 - 「日本起業家賞2015(The Entrepreneur Awards Japan 2015)」において、在日米国商工会議所・米国大使館「米国ビジネス賞(U.S. Business Award)」を受賞[7][注釈 3]

著作[編集]

著書[編集]

連載[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 岩瀬は司会のみならず、スピーチやピアノ演奏も担当した[21]
  2. ^ 2016年4月の記事[22]では「僕はまだ結婚もしてないけども」と語っており、2018年4月の記事[21]では「少し前に、ビズリーチ代表の南壮一郎さんの結婚式で」とされているので、2017年なのは間違いと考えられる。
  3. ^ 英語名と日本語訳の対応は、“日本起業家賞2015 (TEAJ) TEAJ のお知らせ”、2015年3月、2016年9月18日閲覧 および Announcement: The Entrepreneur Awards Japan 2015 (TEAJ)”、2016年9月18日閲覧 による。

出典[編集]

  1. ^ a b c d 田原総一朗 2015, p. 103.
  2. ^ 菊池徳行 2016, pp. 3-4.
  3. ^ a b c d 菊池徳行 2016, p. 4.
  4. ^ a b 田原総一朗 2015, p. 102.
  5. ^ a b Swedish Embassy honors entrepreneurs”. (2015年4月29日). The Japan Times. 2016年9月18日閲覧。
  6. ^ a b “世界経済フォーラムが選出した今年のヤング・グローバル・リーダーズは200人超” (PDF) (プレスリリース), 世界経済フォーラム, http://www3.weforum.org/docs/WEF_NR_YGL_NCA14_JP.pdf 2016年9月18日閲覧。 
  7. ^ a b Swedish Embassy honors entrepreneurs”. (2015年4月29日). The Japan Times. 2016年9月18日閲覧。
  8. ^ a b c 菊池徳行 2016, p. 2.
  9. ^ a b 内田丘子 2015, p. 1.
  10. ^ a b c d 内田丘子 2015, p. 2.
  11. ^ a b c d e f 菊池徳行 2016, p. 3.
  12. ^ 田原総一朗 2015, p. 101.
  13. ^ a b 菊池徳行 2016, トップ.
  14. ^ 田原総一朗 2015, pp. 102-103.
  15. ^ Kunisada 2011a, p. 1.
  16. ^ Kunisada 2011b, p. 4.
  17. ^ a b c 内田丘子 2015, p. 4.
  18. ^ 田原総一朗 2015, p. 104.
  19. ^ ケイシー・ウォール 2015.
  20. ^ マイナス11度の「ダボス」が世界一熱い場所に --- 南 壮一郎”. アゴラ(2016年01月19日). 2016年9月18日閲覧。
  21. ^ a b c 葛上洋平 (2018年4月27日). ““宴会芸は死ぬ気でやれ”って古くない?『入社1年目の教科書』著者の社長にツッコんだ”. 新R25. Yahoo! News. 2018年9月8日閲覧。
  22. ^ 小林雅、小林泰、根岸教子、藤田功博 (2016年4月4日). “人生を変えた出来事(ウォンテッドリー仲 / ビズリーチ南)”.
  23. ^ Kunisada 2011a.
  24. ^ Kunisada 2011b.
  25. ^ 菊池徳行 2016.
  26. ^ 内田丘子 2015.
  27. ^ 目次」、『スポーツ法務の最前線 ―ビジネスと法の統合―』、民事法研究会、2016年9月18日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]

(インタビュー)