南伊豆町
みなみいずちょう ![]() 南伊豆町 | |||||
---|---|---|---|---|---|
| |||||
| |||||
国 |
![]() | ||||
地方 | 中部地方、東海地方 | ||||
都道府県 | 静岡県 | ||||
郡 | 賀茂郡 | ||||
市町村コード | 22304-2 | ||||
法人番号 | 1000020223042 | ||||
面積 |
109.94km2 | ||||
総人口 |
7,525人 [編集] (推計人口、2023年3月1日) | ||||
人口密度 | 68.4人/km2 | ||||
隣接自治体 | 下田市、賀茂郡松崎町 | ||||
南伊豆町役場 | |||||
町長 | 岡部克仁 | ||||
所在地 |
〒415-0303 静岡県賀茂郡南伊豆町下賀茂315-1 北緯34度39分05秒 東経138度51分30秒 / 北緯34.65133度 東経138.85844度座標: 北緯34度39分05秒 東経138度51分30秒 / 北緯34.65133度 東経138.85844度 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
南伊豆町(みなみいずちょう)は、静岡県東部の伊豆半島の最南端にある町である。
地理[編集]
青野川の流域の下賀茂温泉地区と弓ヶ浜温泉地区に市街を形成する。どちらも小規模ではあるが、温泉街を形成している。 この青野川の下流には小規模ではあるがマングローブ植物であるメヒルギが移植されており、定着の北限とされている(メヒルギ#日本における生育地を参照)。海岸地形は複雑で小規模なリアス式海岸になっている。伊豆半島最南端の岬でもある石廊崎などの景勝地を有する。
- 山:三倉山 (214m) 、平氏ヶ岳 (270m) 、三坂富士 (280m) 、松野山 (445m) 、鈴野山 (486m) 、暗沢山 (520m) 、馬夫石 (545m)
- 河川:青野川(全長17.2km)
気候[編集]
石廊崎特別地域気象観測所(南伊豆町石廊崎石室山、標高52m)の気候 | |||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
最高気温記録 °C (°F) | 19.2 (66.6) |
20.2 (68.4) |
21.4 (70.5) |
24.3 (75.7) |
26.4 (79.5) |
30.8 (87.4) |
33.9 (93) |
33.6 (92.5) |
31.4 (88.5) |
29.6 (85.3) |
25.0 (77) |
22.2 (72) |
33.9 (93) |
平均最高気温 °C (°F) | 11.0 (51.8) |
11.5 (52.7) |
14.0 (57.2) |
17.9 (64.2) |
21.2 (70.2) |
23.6 (74.5) |
27.0 (80.6) |
28.8 (83.8) |
26.3 (79.3) |
22.1 (71.8) |
17.9 (64.2) |
13.4 (56.1) |
19.6 (67.3) |
日平均気温 °C (°F) | 8.2 (46.8) |
8.5 (47.3) |
11.0 (51.8) |
14.9 (58.8) |
18.4 (65.1) |
21.1 (70) |
24.5 (76.1) |
26.2 (79.2) |
23.9 (75) |
19.7 (67.5) |
15.4 (59.7) |
10.8 (51.4) |
16.9 (62.4) |
平均最低気温 °C (°F) | 5.7 (42.3) |
5.7 (42.3) |
8.1 (46.6) |
12.1 (53.8) |
16.0 (60.8) |
19.1 (66.4) |
22.7 (72.9) |
24.3 (75.7) |
21.8 (71.2) |
17.5 (63.5) |
13.0 (55.4) |
8.3 (46.9) |
14.5 (58.1) |
最低気温記録 °C (°F) | −2.1 (28.2) |
−2.7 (27.1) |
−0.8 (30.6) |
3.4 (38.1) |
8.4 (47.1) |
13.2 (55.8) |
14.8 (58.6) |
17.4 (63.3) |
13.2 (55.8) |
9.3 (48.7) |
3.8 (38.8) |
−0.7 (30.7) |
−2.7 (27.1) |
降水量 mm (inch) | 67.7 (2.665) |
92.4 (3.638) |
147.5 (5.807) |
152.2 (5.992) |
176.9 (6.965) |
236.8 (9.323) |
203.3 (8.004) |
124.9 (4.917) |
186.4 (7.339) |
193.8 (7.63) |
126.6 (4.984) |
72.7 (2.862) |
1,758.2 (69.22) |
平均降水日数 (≥0.5 mm) | 6.7 | 7.7 | 11.3 | 10.7 | 11.5 | 13.3 | 11.3 | 7.6 | 11.7 | 11.2 | 9.3 | 7.4 | 119.7 |
% 湿度 | 60 | 61 | 66 | 72 | 78 | 85 | 88 | 85 | 80 | 72 | 67 | 62 | 73 |
平均月間日照時間 | 181.8 | 173.3 | 183.5 | 192.3 | 198.4 | 141.4 | 169.6 | 228.4 | 179.3 | 163.9 | 161.8 | 181.7 | 2,152.7 |
出典:気象庁 (平均値:1991年-2020年、極値:1939年-現在)[1][2] |
歴史[編集]
- 江戸時代末期 - 現在の町域内に25村が存在。旧高旧領取調帳の記載によると主に旗本領(一部幕府領・掛川藩領)で構成された。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、25村が南中村、南上村、三坂村、三浜村、竹麻村、南崎村の6村となる。
- 1913年(大正2年)3月25日、奥山鉱山で鉱毒問題深刻化し、村民有志大会、5月4日、同鉱山鉱夫100余人が事務所襲撃、下田署員出動。
- 1916年(大正5年)4月、奥山鉱山、三浜村への精錬所建設発表、5月以降、村民反対運動、8月、計画中止。
- 1917年(大正6年)3月、青野鉱山鉱毒被害が青野川流域に拡大。流域諸村に反対運動起こる。
- 1918年(大正7年)7月2日、青野鉱山鉱毒問題で、鉱毒調査委員と所長の交渉決裂。
- 1920年(大正9年)7月29日、南上村長ら、鉱毒問題につき県に陳情。
- 1923年(大正12年)6月16日、海軍湊病院発足、11月20日、庁舎及外来診療棟竣工、開院。
- 1925年(大正14年)3月25日、海軍湊病院、第1病棟竣工。
- 1929年(昭和4年)3月29日、南崎村5家族26人のブラジル移民出発。
- 1945年(昭和20年)12月1日、海軍湊病院、厚生省に移管され、国立湊病院と改称。
- 1947年(昭和22年)4月1日、国立湊病院、結核対策の一環として国立療養所湊病院となる。
- 1955年(昭和30年)7月31日 - 上記の6村を廃し、その区域をもって南伊豆町を設置[3]。
- 1974年(昭和49年)5月9日、伊豆半島沖地震。中木地区の山崩れにより27人が死亡。
- 1976年(昭和51年)10月9日 - 集中豪雨により青野川が氾濫。床上浸水249戸、床下浸水64戸[4]。
人口[編集]
![]() | |
南伊豆町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 南伊豆町の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 南伊豆町
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
南伊豆町(に相当する地域)の人口の推移 | |
総務省統計局 国勢調査より |
行政[編集]
町長[編集]
- 町長 - 岡部克仁(2017年5月15日就任、2期目)
地区[編集]
- 南上(みなみかみ)地区 - 旧南上村
- 蛇石(じゃいし) - 旧蛇石村
- 市ノ瀬(いちのせ) - 旧市ノ瀬村
- 青野(あおの) - 旧青野村
- 下小野(しもおの) - 旧下小野村
- 上小野(かみおの) - 旧上小野村
- 毛倉野(けぐらの) - 旧毛倉野村
- 岩殿(いわどの) - 旧岩殿村
- 南中(みなみなか)地区 - 旧南中村
- 一条(いちじょう) - 旧一条村
- 上賀茂(かみがも) - 旧上賀茂村
- 石井(いしい) - 旧石井村
- 下賀茂(しもがも) - 旧下賀茂村
- 加納(かのう) - 加納村
- 二条(にじょう) - 旧二条村
- 竹麻(ちくま)地区 - 旧竹麻村
- 青市(あおいち) - 旧青市村
- 湊(みなと) - 旧湊村
- 手石(ていし) - 旧手石村
- 三浜(みはま)地区 - 旧三浜村
- 伊浜(いはま) - 旧伊浜村・旧天神原新田
- 子浦(こうら) - 旧子浦村
- 妻良(めら) - 旧妻良村
- 三坂(みさか)地区 - 旧三坂村
- 一色(いしき) - 旧一色村
- 蝶ヶ野(ちょうがの) - 旧蝶ヶ野村
- 入間(いるま) - 旧入間村
- 中木(なかぎ)
- 南崎(みなみざき)地区 - 旧南崎村
- 下流(したる) - 旧下流村
- 大瀬(おおせ) - 旧大瀬村
- 石廊崎(いろうざき) - 旧長津呂(ながつろ)村
姉妹都市[編集]
産業[編集]
- 第一次産業 : 計15.10%
- 農業 : 11.54%
- 林業 : 0.29%
- 漁業 : 3.27%
- 第二次産業 : 計14.10%
- 鉱業 : 0.02%
- 建設業 : 10.91%
- 製造業 : 3.17%
- 第三次産業 : 計70.78%
- 電気・ガス・水道業 : 0.33%
- 運輸・通信業 : 2.94%
- 卸・小売業、飲食業 : 15.84%
- 金融・保険業 : 1.00%
- 不動産業 : 0.56%
- サービス業 : 47.40%
- 公務 : 2.71%
※データは平成23年版『南伊豆町町勢要覧 資料編』より
学校[編集]
高等学校[編集]
中学校[編集]
- 南伊豆町立南伊豆中学校
- 南伊豆町立南伊豆東中学校
小学校[編集]
- 南伊豆町立南伊豆東小学校
- 南伊豆町立南上小学校
- 南伊豆町立南中小学校
閉校
- 南伊豆町立三浜小学校 (2013年度いっぱいで閉校、南中小学校に吸収)
- 杉並区立南伊豆健康学園 (2011年度いっぱいで閉校)
- 南伊豆町立竹麻小学校 (2008年度いっぱいで南崎小学校と合併、南伊豆東小学校に)
- 南伊豆町立南崎小学校 (2008年度いっぱいで竹麻小学校と合併、南伊豆東小学校に)
交通[編集]
町内に鉄道路線は通っていない。最寄り駅は、伊豆急行伊豆急行線伊豆急下田駅。
道路[編集]
路線バス[編集]
- 東海バス
- 南伊豆町自主運行バス
港湾[編集]
- 手石港
- 大瀬港
- 本瀬港
- 石廊崎港
- 中木港
- 入間港
- 子浦港・妻良港
- 伊浜港
名所・旧跡・観光スポット[編集]
温泉[編集]
日帰り温泉[編集]
- 下賀茂温泉 銀の湯会館
- 弓ヶ浜温泉 みなと湯
- 休暇村 南伊豆(夏季除く)
青野川周辺[編集]
海水浴場[編集]
- 弓ヶ浜海水浴場 - 日本の渚100選、日本の快水浴場100選にも選ばれた。スプラッシュウォーターパーク採用[5]。
- ヒリゾ浜
- 妻良海水浴場 - 海上アスレチックが設置される岩場の海水浴場。
- 子浦海水浴場 - 漁村地帯で入り江にある、波の穏やかな海水浴場。
海岸[編集]
- タライ岬遊歩道 - 弓ヶ浜からタライ岬を経て下田市に至る遊歩道。
- 大瀬 - 蓑掛岩(みのかけいわ)と呼ばれる巨大な岩が海岸に聳えており、独特の景観を与えている。
- 弓ヶ浜 - 青野川の河口にマングローブ(メヒルギ)が植樹されており定着の北限とされる。
- 石廊崎 - 伊豆半島最南端の岬で、先端に石廊埼灯台、その先に石室神社がある。
- 伊浜 - マーガレットの生産量が全国の70%を占める。
- 落居 - 沖合い600メートルに宇留井(うるい)島という無人島を擁する。
- 波勝崎 - 南伊豆町の西にある、野生の猿が生息する岬。
スキューバダイビング[編集]
- 弓ヶ浜マリンセンター
- 海遊社
- 神子元ハンマーズ
- 神子元マリンサービス
- 中木マリンセンター
キャンプ場[編集]
- キャンプ山の家
- 南伊豆高原オートキャンプ場 古里
- 南伊豆夕日ヶ丘キャンプ場
- 夕日ヶ丘オートキャンプ場
- 入間キャンプ村
- 石廊崎オートキャンプ場
その他[編集]
- 伊豆下田カントリークラブ
祭事・催事[編集]
- みなみの桜と菜の花まつり:下賀茂温泉付近の青野川流域に河津桜と菜の花の祭りが2月上旬~3月上旬にかけて開かれる。
- 中木サザエ狩り:中木地区に宿泊した人を対象としたサザエ狩りが毎年GW期間中の1日のみ行われる。
- 長者ケ原つつじまつり:天神原地区に4月下旬~5月上旬にかけてきれいなつつじが咲く。
- 海開き:7月中旬、弓ヶ浜海水浴場と子浦海水浴場の海開きが行われる。
- 南伊豆町太鼓まつり:小稲地区を除いた地区で、毎年11月1・2日に太鼓祭りが行われる。
- 小稲の虎舞:小稲地区において毎年9月中秋の名月の日に行われる祭典。
著名な出身者[編集]
伝説[編集]
蛇くだり[編集]
大昔、子浦港が池だった頃、池の主の大蛇が毎日妻良と子浦の山々の峰と池の淵を回ってこの池を治めていた。ある日いつものように巡回をし子浦の日和山まで来た時、突然、ゴオッーと地響きが轟いたかと思うと、見る見るうちに池の一辺が崩れおち、大蛇は妻良山へ行くことが出来なくなった。仕方なく崩れ落ちたばかりの断崖絶壁を駆け下り妻良山へ登っていった。今も黄褐色の岩肌に大蛇の姿が黒く刻まれており人々はここを蛇下りと呼んでいる。また、ここが崩れたので駿河湾とつながり子浦港ができたという。[6]
妻良・子浦の地名由来[編集]
昔々、大国主命が御子事代主命(みこことしろぬしのみこと)ほかの神々を引き具して伊豆七島へ渡る途次、子浦港へ寄航した。碇を下ろし、后と御子が泊まる地を決めようと周囲を眺め、やがて后の大津往命を今の妻良の地に、事代主命の御子伊波久良別命を子浦の地に上陸させた。これから妻良、子浦の地名が生まれた。[6]
南伊豆町を舞台にした作品[編集]
文学・記録・漫画[編集]
脚注[編集]
- ^ “平年値ダウンロード”. 気象庁. 2021年4月閲覧。
- ^ “観測史上1〜10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2021年4月閲覧。
- ^ 1955年(昭和30年)7月29日総理府告示第1384号「市町村の廃置分合」
- ^ 南伊豆またも豪雨禍 観光客はかん詰め『朝日新聞』1976年(昭和51年)10月10日朝刊、13版、23面
- ^ 弓ヶ浜スプラッシュウォーターパーク
- ^ a b 南伊豆町誌編さん委員会 (1995). 南伊豆町誌 昭和三十年南伊豆誕生から平成六年度までの四十年史. p. 648