南ペルー共和国
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| 南ペルー共和国 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| República Sud-Peruana | |||||
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赤が南ペルー共和国、赤と白がペルー・ボリビア連合の領土 | |||||
| 公用語 | スペイン語 | ||||
| 首都 | タクナ | ||||
| 面積 | |||||
| 428,406km² | |||||
| 人口 | |||||
| 494,883人 | |||||
| 変遷 | |||||
| 建国 | 1836年3月17日 | ||||
| ペルー統一 | 1839年8月25日 | ||||
| 現在 |
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南ペルー共和国(みなみペルーきょうわこく、スペイン語: República Sud-Peruana)は現ペルーの南部に設立された短命国家である。ペルー・ボリビア連合の構成国でもあった。 首都はタクナであった。人口は494,883人。面積は現ペルーの約1/3(428,406km²)であった。
建国
[編集]1836年にボリビアの大統領アンドレス・デ・サンタ・クルスがペルーの支配者であるアグスティン・ガマーラを破り、ペルーを南北に分割し、北ペルー共和国と南ペルー共和国に分けて統治した。そしてペルー・ボリビア連合が結成され、ボリビアと統合された。
消滅
[編集]だがガマーラを中心としたペルーの政治家はチリに亡命し、連合結成に脅威を抱いていたチリ、アルゼンチンに呼び掛け、軍を結成した。そして連合戦争が起こり、1839年8月25日にペルー・ボリビア連合の支配者であったサンタ・クルスが亡命して連合崩壊と戦争終結となった。この時にペルーも統一、独立となりこの共和国も消滅した。