南アラビア連邦
| 南アラビア連邦 | |||||
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| اتحاد الجنوب العربي | |||||
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| 公用語 |
アラビア語 英語 南アラビア諸語 | ||||
| 首都 | アデン | ||||
| 高等弁務官[1] | |||||
| 1963年1月 - 1963年7月 | チャールズ・ヘップバーン・ジョンストン(初代) | ||||
| 1967年5月 - 1967年11月 | ハンフリー・トレヴァーラン(最後) | ||||
| 首相 | |||||
| 1963年1月 - 1963年6月 | ハッサン・アリ・ベイウミ | ||||
| 1966年8月 - 1967年11月 | シャリフ・アル=アワデリィ | ||||
| 変遷 | |||||
| 成立 | 1962年4月4日 | ||||
| 独立 | 1967年11月30日 | ||||
| 通貨 |
東アフリカ・シリング 南イエメン・ディナール | ||||
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南アラビア連邦(みなみアラビアれんぽう、アラビア語: اتحاد الجنوب العربي, ラテン文字転写: Ittihad al-Janūb al-‘arabī)は1959年から1967年までの間現在のイエメン南部に存在したイギリス保護領地域の連邦国家(非独立国)である。アラビア半島南西部のイギリス保護領であった首長国が加盟して成立した。1967年にイエメン人民民主共和国として独立した。首都はアデン。連邦の元首はアデンの高等弁務官が務めていた。
加盟国
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当初の連邦は前身となる南アラブ首長国連邦の15ヵ国だった。その後、アデン植民地と上アウラキ・スルターン国の加入によって17ヵ国となった。一方、連邦へ加入しなかった他の英保護国は南アラビア保護領の一部とされた。
歴史
[編集]1962年4月4日、南アラブ連邦を構成する15州から形成された。 翌年の1月18日には、イギリス・アデン植民地・南アラビア連邦の代表による話し合いの末、アデン王立植民地が加盟した。 1964年には上アウラキ・スルタン国が併合され、連邦は17州で構成されることになった。
1962年7月23日、ロンドンにて英国植民地大臣ダンカン・サンディスと南アラビア連邦並びにアデン植民地の大臣との間で交渉が始まった。 両当事者は、アデン植民地の南アラビア連邦への加盟条件と憲法上の地位についての問題を提示した。 アデンの多くの政党や組織はこれらの交渉に抗議し、英国植民地大臣にはアデン住民の運命を決定する権利はなく、アデンの住民によって行われた総選挙によって設立されたアデン国民政府のみが、南アラビア連邦との統合問題における問題の是非を決定する権限を持つと主張した。 しかし、この主張を達確固たるものにするには、今まで国のさまざまな部分を、イギリスに依存しているという状況から脱却しなければならなかった。 アデン労働組合会議が率いる野党代表はロンドンにて交渉が始まった日、アデンでは抗議ストライキが行われた。 アデンには、1960年からストライキを禁止する法律があり、違反者は投獄されるという法律があったにもかかわらず、アデン労働組合会議はこのストライキを呼びかけた。[2][3]
1962年8月16日、両者が協定に署名したことにより、交渉は終了した。この協定では、アデンはイギリスの主権下に留まりながら、1963年1月1日までに南アラビア連邦に加盟することになっていた。 この協定は、1959年2月11日に署名された連邦協定が引き続き有効であるため、新しい協定はそれへの追加に過ぎないと規定された。[4] この交渉では、アデンが連邦に加盟した際の憲法上の地位に一定程度の変更を加えることにも合意した[5]
1965年、イギリスは南アラビア連邦政府を一時的に排除し、アデンへ直接植民地支配を敷今た。[6]
1966年、南アラビア連邦チームはジャマイカ、キングストンで開催されたコモンウェルスゲームズに参加した。 そして、1967年11月30日に南アラビア保護領が独立したこと、そしてイエメン人民民主共和国の成立に伴い、南アラビア連邦は解散された。
脚注
[編集]- ↑ www.worldstatesmen.org/Yemen 2017年6月1日閲覧
- ↑ «The Times» (24.VII.1962), p. 8.
- ↑ «Aden Chronicle» (July 12, 1962), p. 1.
- ↑ «Aden Chronicle» (August 23, 1962), p. 3.
- ↑ «Aden Chronicle» (October 4, 1962), pp. 1, 28.
- ↑ Dean, Lucy (2004). "The Middle East and North Africa". Издание 2004 года. Routledge. Страница 1211. ISBN 978-1-85743-184-1