千代嵐慶喜

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千代嵐慶喜 Sumo pictogram.svg
Chiyoarashi 2011 Sep.JPG
2011年9月場所での千代嵐
基礎情報
四股名 渡邉 → 千代嵐
本名 渡邉 慶喜
愛称 十五代将軍、九重三羽烏[1]
生年月日 (1991-07-12) 1991年7月12日(27歳)
出身 千葉県木更津市
身長 170cm
体重 146kg
BMI 50.52
所属部屋 九重部屋
成績
現在の番付 西幕下10枚目
最高位十両10枚目
生涯戦歴 260勝184敗64休(69場所)
優勝 三段目優勝1回
データ
初土俵 2007年3月場所
趣味  カラオケ[2]
備考
2018年9月21日現在

千代嵐 慶喜(ちよあらし よしのぶ、1991年7月12日 - )は、千葉県木更津市出身で九重部屋所属の現役大相撲力士本名渡邉 慶喜(わたなべ よのぶ)。本名の名前から十五代将軍などと称される。身長170cm、体重146kg。得意技は押し。最高位は東十両10枚目(2011年11月場所)。血液型はAB型。

人物[編集]

幼稚園時代から父と共に相撲の稽古に励む。小学6年のときには関東大会優勝を果たす。2006年全国都道府県中学校相撲選手権にてベスト8に入った。幼少時より九重部屋へ入門することを志し、体を鍛えるため四股を一日数百回踏んでいたという。同学年の剣翔とは出身地が近いことからアマチュア時代は何度も顔が合ったという[3]。中学校卒業後、九重部屋に入門。2007年3月場所初土俵。
翌5月場所から3場所連続で勝ち越しするなど順調に昇進していった。初土俵から1年後、三段目に昇進すると同時に四股名を渡邉から千代嵐に改めた。その後も勝ち越しを続け、初土俵から約2年で幕下昇進を果たした。その後はなかなか幕下に定着できなかったが2009年後半からは定着。そこからは、2011年大相撲八百長問題による引退力士が大量に出たこともあって幕下上位に番付を上げ、同年5月場所では幕下17枚目で5勝し幕下上位に番付を上げた。翌7月場所では、場所後半にもつれこんだものの勝ち越しを果たし、9月場所にて十両昇進を決めた。[4]

新十両で迎えた9月場所は12日目で関取として初の勝ち越しとなった。ところが、翌11月場所、9日目の戦で土俵下に転落[5]した際に右足首の距骨骨折の怪我を負い、10日目から自身初の休場。当初は全治1カ月とされていたが翌場所も全休となり、幕下43枚目まで番付を落とした2012年3月場所で復帰。以降は6場所連続勝ち越しとなり、東幕下4枚目で迎えた2013年3月場所では6勝1敗の好成績で7場所連続の勝ち越しを決め、場所後には再十両昇進も決まった。[6]しかし翌5月場所は7勝8敗で負け越し。翌9月場所も早々に負け越した上に、左膝靭帯損傷により14日目から休場。結局2場所で十両から陥落した。当初の診断書では3週間の安静加療を要するとのことだったが、怪我が長引いて翌9月場所から3場所連続で休場。三段目の下位まで落ちた2014年3月場所から土俵に復帰し、この場所は地力の差を見せて7戦全勝で三段目優勝を飾った。その後は少しずつ番付を上げ、2015年5月場所では東幕下2枚目まで番付を戻したが、1番相撲から4連敗を喫して5番相撲から休場。翌7月場所からまたも3場所連続で休場となり、2016年1月場所では序二段となった。この場所は7戦全勝としたが、優勝決定戦で同じく怪我によって番付を落としていた魁渡に敗れて優勝はできなかった。2017年以降は幕下中位での土俵が続いている。

主な成績[編集]

2018年9月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:260勝184敗64休(69場所)

各段優勝[編集]

  • 三段目優勝:1回(2014年3月場所)

場所別成績[編集]

 

                                                                                                                                                    
千代嵐慶喜
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2007年
(平成19年)
x(前相撲)西序ノ口17枚目
5–2 
西序二段96枚目
5–2 
西序二段50枚目
4–3 
西序二段24枚目
3–4 
2008年
(平成20年)
東序二段48枚目
5–2 
東序二段10枚目
6–1 
西三段目49枚目
3–4 
東三段目66枚目
3–4 
東三段目85枚目
5–2 
西三段目49枚目
4–3 
2009年
(平成21年)
西三段目32枚目
5–2 
西三段目6枚目
3–4 
東三段目19枚目
5–2 
西幕下56枚目
2–5 
東三段目20枚目
5–2 
西幕下57枚目
4–3 
2010年
(平成22年)
西幕下50枚目
0–7 
西三段目25枚目
4–3 
西三段目13枚目
6–1 
東幕下37枚目
3–4 
西幕下44枚目
4–3 
西幕下35枚目
3–4 
2011年
(平成23年)
西幕下42枚目
6–1 
八百長問題
により中止
東幕下17枚目
5–2 
東幕下3枚目
5–2 
西十両11枚目
8–7 
東十両10枚目
4–6–5 
2012年
(平成24年)
東幕下3枚目
休場[7]
0–0–7
西幕下43枚目
4–3 
西幕下35枚目
4–3 
東幕下30枚目
4–3 
西幕下24枚目
5–2 
西幕下13枚目
4–3 
2013年
(平成25年)
東幕下10枚目
5–2 
東幕下4枚目
6–1 
西十両12枚目
7–8 
東十両13枚目
4–10–1[8] 
西幕下5枚目
休場
0–0–7
西幕下45枚目
休場
0–0–7
2014年
(平成26年)
東三段目26枚目
休場
0–0–7
東三段目87枚目
優勝
7–0
西幕下56枚目
5–2 
東幕下37枚目
3–4 
東幕下46枚目
6–1 
東幕下19枚目
4–3 
2015年
(平成27年)
西幕下14枚目
4–3 
西幕下9枚目
6–1 
東幕下2枚目
0–4–3 
西幕下32枚目
休場
0–0–7
西三段目12枚目
休場
0–0–7
西三段目72枚目
休場
0–0–7
2016年
(平成28年)
西序二段32枚目
7–0 
西三段目34枚目
5–2 
東三段目9枚目
4–3 
東幕下58枚目
0–1–6 
東三段目34枚目
5–2 
西三段目7枚目
6–1 
2017年
(平成29年)
東幕下32枚目
5–2 
西幕下19枚目
4–3 
東幕下15枚目
3–4 
東幕下23枚目
4–3 
東幕下18枚目
3–4 
西幕下25枚目
5–2 
2018年
(平成30年)
東幕下16枚目
2–5 
東幕下30枚目
4–3 
東幕下23枚目
4–3 
東幕下17枚目
4–3 
西幕下10枚目
2–5 
x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 渡邉 慶喜(わたなべ よしのぶ)2007年3月場所 - 2008年3月場所
  • 千代嵐 慶喜(ちよあらし - ) 2008年5月場所 -

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 【大相撲】和製スター候補の呼び声高い、九重部屋"三羽ガラス" 集英社スポルティーバ公式サイト 2011年9月14日
  2. ^ 2013年1月場所後の部屋の打ち上げでは「こいつはね、(相撲の)稽古をしないでカラオケの稽古ばかりしてる」と13代九重から内情を暴露されてしまったことがある。
  3. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2014年10月号(秋場所総決算号) 68頁
  4. ^ 皇風ら9人が十両昇進 番付編成会議 - MSN産経ニュース 2011年7月27日
  5. ^ 勢が千代嵐の髷を掴んだことにより反則勝ち。
  6. ^ 希善龍、千代皇が新十両 大相撲夏場所の番付編成会議 日本経済新聞 2013年3月27日
  7. ^ 足首の距骨骨折により休場。
  8. ^ 左膝靭帯損傷のため14日目から途中休場。

外部リンク[編集]