十輪寺 (京都市)

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十輪寺
十輪寺本堂(京都).jpg
十輪寺本堂
所在地 京都府京都市西京区大原野小塩町481
山号 小塩山
宗派 天台宗
本尊 延命地蔵菩薩
創建年 850年(嘉祥三年)
別称 業平寺
札所等 京都洛西観音霊場第3番
通称寺の会
文化財 本堂・鐘楼(府指定文化財)
公式HP なりひら寺 十輪寺
法人番号 4130005001761 ウィキデータを編集
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十輪寺(じゅうりんじ)は、京都市西京区大原野小塩町にある天台宗の寺院。山号は小塩山(おしおざん)[1]京都洛西観音霊場第3番札所。座標: 北緯34度56分39.8秒 東経135度39分25.9秒

平安初期歌人六歌仙のひとり在原業平が、晩年この寺に隠棲したと伝わる事から「なりひら寺」とも称され、中庭に植えられている樹齢約200年の、なりひら桜枝垂れ桜)でも知られる[2]

十輪寺山門

概要[編集]

十輪寺は、京都市西京区の西部、洛西と呼ばれる地域の大原野にある小塩山の麓にひろがる里に位置し、長岡京遷都の頃から皇族貴族大原野鷹狩りをし、優雅に楽しんできたといわれる[2]

通称で、「なりひら寺」と呼ばれ、平安初期の歌人で六歌仙のひとり在原業平が、晩年この寺に隠棲したと寺伝にあり、境内裏山で、在原業平が塩焼きの風情を楽しんだとされる塩竈(しおがま)の旧跡があり、また在原業平の墓(供養塔)とされる「宝篋印塔」がある。また、中庭に樹齢が約200年の枝垂れ桜「なりひら桜」がある事でも知られる[1]

秋の十輪寺

由緒[編集]

文徳天皇の御后、染殿皇后(藤原明子)の世継誕生を祈願し、850年嘉祥3年)伝教大師作の延命地蔵を安置したのが起こりと伝わる、天台宗の古刹[1][3]。祈願後、めでたく皇子が誕生し、後に清和天皇になられた事から、文徳天皇勅願所となる。その後、応仁の乱の兵火で創建当時の伽藍は消失し[4]、荒廃したが、藤原氏の公家・花山院家菩提寺となり、寛文年間(1661年 - 1673年)に、花山院定好(藤原定好)により再興され、さらに、花山院常雅(藤原常雅)により堂宇が整備され現在に至っている[4][5]

本尊[編集]

伝教大師作の延命地蔵菩薩。等身大木造の坐像で、延命地蔵菩薩の腹部に巻かれた腹帯で、染殿皇后が安産された事により、腹帯地蔵尊と称し、今も、子授けや安産の崇敬がある[4]秘仏で、毎年8月23日に御開帳される[4]

境内[編集]

  • 鐘楼は、1666年寛文6年)に建立され、「不迷梵鐘(まよわずのかね)」と呼ばれ[4]、自分で決心がつかず迷っている時に、この鐘を撞くと、決心がつく不思議な鐘とされている[注 1]
  • 本堂は、1750年寛延2年)に再建され、屋根が鳳輦形(ほうれんがた)という御輿を型どった非常に珍しいもので、内部天井の彫刻も独特の意匠が施されている[4][注 1]。また、狛犬のような彫刻もあり、お寺と神社が融合した珍しい作りで、神仏習合の名残が残っている[2]
  • 庭園は、1750年(寛永3年)に、右大臣藤原常雅公が本堂再建時に作庭したもの。作庭時期は、江戸時代であり、当時は武士が権力を持ち、公家は財力に乏しかった事から、豪華な庭園を造る事が叶わなかった。しかし花山院(藤原家)の公家たちは、小さな空間でも見方を変えることで様々に楽しもうと、この庭を考案したといわれる[2]。高廊下、茶室、業平御殿の三か所で場所を変えて見ると、見る人に様々な思いを感じさせる癒しの庭である[4]。それぞれの場所から「立って見る」「座って見る」「寝て見る」と3通りの見方で趣の違いを楽しめる事から、その名も「三方普感の庭(さんぽうふかんのにわ)」と呼ばれる。「普感」とは仏の遍万している大宇宙を感じる事を意味する[2]。また、春には「三方普感の庭」に咲く、「なりひら桜」を見る事ができ、裏山からは、「なりひら桜」が、中庭を覆うように咲く様を見下ろすように見る事ができる[注 2]
  • 大樟樹は、樹齢800年と伝わり、本尊がで作られているので、その分身とされる。寺伝によると、地蔵菩薩の神力で一夜にして大樟樹になったと伝わり、願掛け樟とも呼ばれている神木とされている[注 1]
  • 塩竃跡は、在原業平が、難波の海水を運んで[注 3]塩焼きの風情を楽しんでいた旧跡である。在原業平の思い人の二条后藤原高子)が大原野神社に参詣した折に、塩竃で紫の煙を立ち上げ、思いを託したと伝わる。謡曲「かきつばた」には、業平が歌舞の神とされている事から、中世以降、業平信仰が生じ、塩竃を清めて煙を上げ、その煙に当たり、良縁成就、芸事上達、ぼけ封じ、中風除け等々を願うようになった。毎年11月23日に、「塩竃清めの祭」が行われている[注 1]。当寺の住所地、「小塩」は、塩焼きの故事に由来する[4]
  • 宝篋印塔が、境内裏山にあり、在原業平の供養墓とされ、宝篋印塔前に「在原業平卿の墓」の石碑が建つ[注 2]

寺宝[編集]

  • 草分観世音花山法皇西国33番札所を再興された時に、背に負われた観世音を当寺に納めたと伝わる。「おいづる観音」とも呼ばれ、西国三十三所観音霊場詣りをする者は、一番最初にお参りをしなければならない観世音とされる[4]
  • 花山法皇御手判:花山法皇の手形が浮き彫りにされている木片[4]
  • 菩薩面:作者は不詳。髪がにぎやかな表現で鎌倉時代の特色が現れ、眉をえぐり抜かれ、口がかすかに開いてる、菩薩の顔をした行道面[6]
  • 襖絵廃仏毀釈で失われたが、極彩色の王朝絵巻が描かれた32面の襖絵が復元されている[4]

文化財[編集]

京都府指定文化財

  • 本堂 - 1750年寛延2年)再建、1989年(平成元年)4月14日指定[7]
  • 鐘楼 - 1666年寛文6年)建立、1989年(平成元年)4月14日指定[7]

主な行事[編集]

アクセス[編集]

JR東海道本線で、京都駅より約7分、「向日町駅」で降り、阪急バス66系統で約30分、「小塩」バス停下車すぐ[2]。バスの本数が少なく注意が必要。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ a b c d 2017年4月5日に、現地案内板で確認。
  2. ^ a b 2017年4月5日に、現地にて確認
  3. ^ かつて、大阪難波辺りに海岸線があった。

出典[編集]

  1. ^ a b c ブログ始めました!”. 十輪寺(公式ブログ). 2020年1月1日閲覧。
  2. ^ a b c d e f 観光ガイド 桜の新名所、十輪寺”. 「そうだ 京都、行こう。」/JR東海. 2020年1月1日閲覧。
  3. ^ 十輪寺/寺院・神社/カテゴリ別観光情報”. 京都市観光協会. 2020年1月1日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 十輪寺縁起. 由緒書/十輪寺(参拝者に配布) 
  5. ^ 十輪寺/駒札・歌碑/カテゴリ別観光情報”. 京都市観光協会. 2020年1月1日閲覧。
  6. ^ 日本の仮面(特別展示案内パンフレット)”. 京都国立博物館. pp. 3-4. 2020年1月1日閲覧。
  7. ^ a b 京都府指定・登録等文化財その2”. 京都府教育庁指導部文化財保護課. 20201.1閲覧。
  8. ^ 十輪寺/京都府観光ガイド”. (公社)京都府観光連盟. 2020年1月1日閲覧。

外部リンク[編集]