十住心論
『十住心論』(じゅうじゅうしんろん)、正確には『秘密曼陀羅十住心論』は、空海の代表的著述のひとつで、830年ころ、淳和天皇の勅にこたえて真言密教の体系を述べた書(天長六本宗書の一)。10巻。
人間の心を、凡夫(一般人)から最終的な悟りの境地に至るまでの10段階に分けて整理・解説したもので、それぞれに当時の代表的な思想(第4段階以降が、初期仏教や大乗仏教)を配置することによって、仏教全体の体系的整理・解説をも築いている。9段階目までの顕教に対し、10段階目を言語的な伝達が可能な域を超えた密教と位置づけ、人間の心の到達できる最高の境地であるとしている。
- 異生羝羊心 - 煩悩にまみれた心
- 愚童持斎心 - 道徳の目覚め・儒教的境地
- 嬰童無畏心 - 超俗志向・インド哲学、老荘思想の境地
- 唯蘊無我心 - 小乗仏教のうち声聞の境地
- 抜業因種心 - 小乗仏教のうち縁覚の境地
- 他縁大乗心 - 大乗仏教のうち唯識・法相宗の境地
- 覚心不生心 - 大乗仏教のうち中観・三論宗の境地
- 一道無為心(如実知自心・空性無境心) - 大乗仏教のうち天台宗の境地
- 極無自性心 - 大乗仏教のうち華厳宗の境地
- 秘密荘厳心 - 真言密教の境地
『十住心論』の内容を簡略に示したものが、『秘蔵宝鑰』である。
要約[編集]
「六道」のことばが前文にある。
第一。
大日世尊と秘密主が話している。
正法千年、像法一千五百年、末法一万年なりと。(注、空海は同年の「秘蔵宝輪」で「正法五百年、像法千年、末法一万年」と書き、日本の末法思想は「秘蔵宝輪」の年月にもとづき起こる。)
八大地獄。一に等活、二に黒縄、三に衆号、四に号叫、五に大叫、六に炎熱、七に極熱、八に無間地獄。
五趣。餓鬼趣、畜生趣、龍趣、阿修羅趣、人間趣。
第二。
儒教についてのまちがった解説。
転輪聖王について。
第三。
断見と空見。
色界頂とは、最勝にして楽慧である。
欲界、色界、無色界。
第四。
ここからが仏道の初門である。
四聖諦とは、苦諦、集諦、滅諦、道諦である。
三昧とは、空、無相、無願のことである。
第五。
特になし。
第六。
すべての物質は空虚である。(注、仮想現実の概念は、日本では九世紀の空海の「秘密曼荼羅十住心論」からある。)
第七。
特になし。
第八。
一心三観とは、仮観(物質が存在するという認識)、空観(すべてが空虚であるという認識)、中観(仮観と空観を同時に認識する認識)である。
仏僧は性行為してもよいということを知ること。男も女も交尾をして初めて第八の覚識を得る。(注、最澄の開いた天台宗でも当然、性行為をしている。)
第九。
性行為をしただけでは悟りではない。
無限の過去から作られたものは誤っていて、実体であるものはない。
無上平等覚。すべての存在が平等である。(注、平等の概念は830年の空海の時代からすでに日本には知られている。)
第十。
特になし。
これをもって、空海の「秘密曼荼羅十住心論」の要約とする。
主な刊行文献[編集]
- 『定本弘法大師全集 第2巻』 同著作研究会編、高野山密教文化研究所、1993年
- 『弘法大師空海全集 第1巻』 同編輯会(福田亮成ほか校訂・訳)、筑摩書房、1983年、復刊2001年
- 改訂版『秘密曼荼羅十住心論 空海コレクション3・4』 筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2013年
- 『原典日本仏教の思想3 空海』 川崎庸之校注、岩波書店、1991年
- 元版『日本思想大系5 空海』 岩波書店、1975年
- 『大乗仏典 中国・日本篇18 空海 秘密曼荼羅十住心論』 津田真一訳注、中央公論社、1993年。現代語訳のみ
参考文献[編集]
- 宮坂宥勝『密教世界の構造』筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、1994年8月。ISBN 4-480-08149-6
- 吉村均 『空海に学ぶ仏教入門』ちくま新書、2017年10月。ISBN 978-4-480069962。
外部リンク[編集]
- 吉村均「空海に学ぶ仏教入門」(動画) - 十住心論を中心に空海の教えの概要を解説。