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北海道岩見沢東高等学校

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北海道岩見沢東高等学校
地図北緯43度11分19秒 東経141度46分8秒 / 北緯43.18861度 東経141.76889度 / 43.18861; 141.76889座標: 北緯43度11分19秒 東経141度46分8秒 / 北緯43.18861度 東経141.76889度 / 43.18861; 141.76889
国公私立の別 公立学校
設置者 北海道の旗 北海道
学区 北海道空知南(全日制のみ)
併合学校 北海道立岩見沢高等学校
岩見沢市立女子高等学校
北海道岩見沢西高等学校
校訓 雲外蒼天
創立記念日 1922年10月13日(初代)
2025年4月(2代目)
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程定時制課程
単位制・学年制 単位制(全日制)
学年制(定時制)
設置学科 全日制:普通科4学級、文理探究科2学級
定時制:普通科1学級
学期 2学期制
学校コード D101221000057 ウィキデータを編集
高校コード 01418E
所在地 068-0818
北海道岩見沢市並木町30番地(全日制)
〒068-0820 北海道岩見沢市東山8丁目1-1(定時制)
外部リンク 公式ウェブサイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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北海道岩見沢東高等学校の位置(北海道内)
北海道岩見沢東高等学校

北海道岩見沢東高等学校(ほっかいどういわみざわひがしこうとうがっこう、英語: Hokkaido Iwamizawa Higashi High School)は、北海道岩見沢市にある道立高等学校である。略称は岩東(がんとう)。

全日制課程と定時制課程を設置し、それぞれ別の校舎を使用している。

同窓会は大地会と称し、初代校歌(土井晩翠作詞・藤井孝吉作曲)の冒頭「大地の胸に包まれて…」に由来する。

沿革(全日制)

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  • 1907年 - 町立岩見沢女子職業学校開校[1]
  • 1922年3月9日 - 文部省告示第134号を以て「北海道庁立岩見沢中学校」設立認可[2]
  • 1922年4月14日 - 岩見沢尋常高等小学校教室を仮校舎とし開校、入学式挙行[2]
  • 1923年3月26日 - 岩見沢中学校初代校舎新築(木造2階1,450坪、現在のみなみ公園の位置)[2]
  • 1940年4月5日 - 3学級制となる[2]
  • 1942年4月5日 - 4学級制となる[2]
  • 1945年 - 市立女子職業学校を廃止し、市立女子商業学校開校[1]
  • 1945年4月5日 - 岩見沢中学校、5学級制となる[2]
  • 1947年 - 市立女子商業学校を廃止し、市立高等女学校開校[1]
  • 1947年11月1日 - 「北海道庁立」を「北海道立」に改称。
  • 1948年4月1日 - 学制改革により、旧制岩見沢中学校が「北海道立岩見沢高等学校」となる。
  • 1949年9月16日 - 岩見沢高校校舎出火し全焼[2]。当面、市内高校の校舎を間借りしての授業を実施。
  • 1949年10月5日 - 北海道教育委員会が岩見沢高校の現地復興を決定。
  • 1950年4月1日 - 市立女子高等学校と統合共学実施、「北海道岩見沢東高等学校」となる。
    • 道立岩見沢高校、市立女子高校、岩見沢高等女学校(現北海道岩見沢西高等学校)の3校を、校区によって男女共学の2校に再編するものであったが、急速な再編だったため、大きな混乱をもたらした。通常授業が開始されたのは5月になってからであった。
  • 1950年10月7日 - 復興祭(第1回学校祭)開催。
  • 1951年4月1日 - 1学級を商業科に転換。(普通科4学級、商業科1学級)[2]
  • 1951年9月23日 - 創立30周年・2代目新校舎落成記念式典挙行[2]。新校歌『我がたましいの故郷』(風巻景次郎作詞・筒井秀武作曲)披露。
  • 1957年4月1日 - 普通科1学級増。(普通科5学級、商業科1学級)[2]
  • 1957年10月13日 - 創立35周年・校舎増築落成記念式典(この日を開校記念日とする)[2]
  • 1959年4月18日 - ウィーン少年合唱団鑑賞会。
  • 1960年7月8日 - 学校祭の市内仮装行列が始まる。
  • 1961年12月10日 - 創立40周年記念・独立図書館落成記念式典[2]
  • 1965年4月1日 - 商業科募集停止。普通科に転換。(普通科6学級)[2]
  • 1971年9月25日 - 第1回マラソン大会。
  • 1972年1月22日 - この年からスキー授業開始。
  • 1975年3月24日 - 生徒の制服制度廃止要求に対し学校側が条件付き自由化を提示、制服条件付き自由化が実施。
  • 1976年10月29日 - 3代目新校舎落成・移転。12月10日、校舎落成記念式典挙行[2]
  • 1981年10月12日 - 北海道教育委員会より「体力づくり実践優良校」表彰[2]
  • 1982年11月24日 - 合唱部「空知管内教育実践表彰」受賞。
  • 1983年12月22日 - みなみ公園にて「旧校舎跡の碑」序幕。
  • 1987年2月6日 - 北海道教育委員会より、創意ある教育活動の顕著な実績が評価され「北海道教育実践表彰」受賞[2]
  • 1987年10月14日 - 1学年合唱コンクール始まる。
  • 1989年3月22日 - 吹奏楽局「岩見沢市教育実践奨励賞」受賞。
  • 1992年2月 - 合唱部「岩見沢市教育実践奨励賞」受賞。
  • 1993年6月20日 - 校地内に同窓会記念館「大地」完成[2]
  • 1995年4月 - 1992年からの制服完全自由化要求が職員会議で可決、制服完全自由化。
    • 以前から通常時の私服登校は認められていたが、入学式、修学旅行、卒業式等の行事については制服(男子は市販の学生服、女子はブレザー)着用が義務付けられていた。
  • 2002年9月8日 - 創立80周年記念式典・シンポジウム[2]、旧校舎跡地記念碑除幕、芸術鑑賞(初代林家木久蔵〈現在の林家木久扇〉招聘)。
  • 2008年2月20日 - 北海道の医療過疎を解消するため将来の医師を育成を目標とした、「医進類型指定校」として北海道教育委員会から指定を受ける[2]
  • 2010年 - 校舎の外壁の工事が行われ、白と緑のデザインとなる。
  • 2011年7月14日 - 1960年から約50年間(1976年に一旦廃止、78年復活)続いた仮装行列を廃止、行灯行列を初実施。
  • 2012年9月1日 - 90周年記念講演および 全日制90周年 定時制70周年 記念式典挙行[2]
  • 2015年4月1日 - 募集1学級減、5学級となる[2]。この年以降、マラソン大会が廃止。
  • 2022年6月7日 - 北海道教育委員会の公立高校配置計画案にて岩見沢東高校と岩見沢西高校を2025年度に統合することを発表[3]
  • 2022年10月15日 - 創立全日制100周年 定時制80周年 記念式典および記念講演挙行[2]。講師として、卒業生の木村学を招聘。
  • 2025年3月24日 - 校舎お別れ会実施。STV道産人間オズブラウン」に企画依頼[4]
  • 2025年4月 - 岩見沢西高校と統合。旧西高校舎に、岩見沢東高校として開校[5][6]。普通科4学級、文理探求科2学級
  • 2026年2月25日 - GAMO(東京スカパラダイスオーケストラ)作詞・作曲の校歌披露[7][8]

沿革(定時制)

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  • 1940年4月30日 - 辰学第670号指令により、岩見沢市立夜間中学校設立認可[2]
  • 1940年5月16日 - 岩見沢中学校において開校[2]
  • 1945年4月1日 - 中等学校令により、岩見沢市立中学校となる[2]
  • 1948年4月1日 - 学制改革により、「岩見沢市立高等学校」となる[2]
  • 1950年4月1日 - 「北海道岩見沢鳩ヶ丘高等学校」と改称[2]
  • 1951年4月1日 - 市立から道立に移管され、岩見沢東高等学校定時制課程として併置、美流渡分校開設[2]
  • 1953年4月1日 - 美流渡分校独立し、「北海道美流渡高等学校」となる[2]
  • 1962年4月1日 - 北海道美流渡高等学校を合併[2]
  • 1967年4月1日 - 募集1学級減[2]
  • 1970年4月1日 - 募集1学級減[2]
  • 2025年4月 - 全日制が岩見沢西高と統合により移転。定時制は引き続き東山校舎の利用となり、専用校舎となる[9]

学校祭

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  • 学校祭は2011年度までは7月第3週の木金土の3日間で行われていたが、2012年度からは7月第1週の木金土で行われるようになった。また、2021年度からは実行委員の減少などの理由により、7月第1週の金土の2日間になった。通称「岩東祭」と呼ばれている。
  • 市内を行灯を担いで練り歩く「行灯行列」や、校舎内では教室を改造した「HR(ホームルーム)創造展」などが開かれる。各クラスが制作し、当日玄関を彩る「クラス旗」などもある。「HR対抗歌パフォーマンス合戦」では各クラスの代表が体育館で、歌唱力とパフォーマンス、会場の盛り上がりで競う。
  • 「有志発表」や「部活動発表」も行われている。内容はバンド・ダンス・合唱・演劇など。
  • 岩東祭の最初と最後には、オープニングセレモニーとエンディングセレモニーが実施される。
  • 行灯行列のあと、グラウンドでは前夜祭が実施され、花火の打ち上げが実施される。
  • 「行灯行列」、「HR創造展」、「HR対抗歌パフォーマンス合戦」、「クラス旗」はクラスごとに審査が行われる(審査員は教員、ただしHR創造展は生徒審査も加わる)。また、学校祭準備期間の「会議の出欠」、「提出物の提出状況」、「使用禁止器具の使用」などを実行委員会が監視し、クラスごとに相対的に評価した「平常点・減点」を前述の審査結果に加味し、総合順位が決定される。点数比は行灯:創造展:歌:旗:平常点=3.5:3.5:1.3:1.2:0.5。
  • 旧校舎時代から化学部が火文字を製作し、それの点火で学校祭開会前夜祭等を祝すというものがあった。

部活動

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野球グラウンドから校舎を望む

文武両道」を謳い、学業だけでなく部活動にも力を入れ、多くの実績を残している。

過去に合唱部が9度全国大会(うち2回銅賞)に出場したのをはじめ、女子バレー部全国3位、男子バレー部全国優勝。近年では放送局が全国大会に出場、水泳部で世界大会に出場した者もいる。野球部は北北海道大会で2回戦進出を果たしている。また、過去に男子バスケット部・サッカー部・バドミントン部・陸上部・テニス部・卓球部・少林寺拳法部・将棋部・演劇部・囲碁部も全国大会に出場するなど、体育系、文化系共に地区大会・全道大会で優秀な成績を収めている。また吹奏楽局は毎年5月に定期演奏会を開催している。7月の学校祭では部活動単位で発表を行うものも多い(バレー・合唱・演劇・写真・茶道・文芸・化学・吹奏楽・ダンスなど)。

かつては、将棋部、囲碁部、少林寺拳法部、パソコン部、演劇部等があった。

(令和8年度現在)

アクセス

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全日制校舎

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JR岩見沢駅前の北海道中央バス岩見沢ターミナルから出ている路線バスが主なアクセス手段。岩見沢駅からは徒歩25分。

  • [26]岩見沢栗山線「岩見沢東高前」から徒歩5分
  • [1]かえで団地循環線、[13][14]いわみざわ公園線、[27]岩見沢栗山線「春日町1丁目」から徒歩5分
  • [9]南町・春日循環線「美園小学校前」から徒歩5分

定時制校舎

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市街地から少し離れた東山町の高台に位置する。学校に行くにはいずれの方向からも坂を上らなければならない。校地西側の急坂は「岩東坂」と呼ばれ親しまれてきたが、近年宅地開発に伴い北側に迂回する「新岩東坂」が作られた。JR岩見沢駅から徒歩35分、車で10分、自転車で20分。

  • [1][2]かえで団地循環線「東山8丁目」から徒歩1分
  • [10]南町・春日循環線「競技場前」から徒歩10分

出身者

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出典

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  1. 1 2 3 教育行政の沿革”. 岩見沢市ホームページ. 2026年3月5日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 学校沿革”. 北海道岩見沢東高等学校. 2026年3月5日閲覧。
  3. 25年度、岩見沢東高と岩見沢西校を統合へプレス空知、2022年6月7日)
  4. 旧東高「校舎お別れ会」のTV放映について”. 北海道岩見沢東高等学校. 2026年3月5日閲覧。
  5. 「文理探究科」岩見沢の統合校に新設 ニセコ高校は全日制を設置 公立高校の配置計画案 北海道(日テレNEWS NNN、2024年6月4日)
  6. 新設校で新たな礎を 岩見沢西校で閉校式(プレス空知、2025年3月25日)
  7. 新設「岩見沢東高」に新しい校歌 スカパラGAMOさん作詞作曲:北海道新聞デジタル”. 北海道新聞デジタル. 2026年3月5日閲覧。
  8. 学校概要”. 北海道岩見沢東高等学校. 2026年3月6日閲覧。
  9. 北海道岩見沢東高等学校(定時制)”. 2026年3月6日閲覧。
  10. HTB@選挙”. web.archive.org. 北海道テレビ放送 (1997年1月28日). 2023年8月11日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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