北村益

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

北村 益(きたむら ます、1868年明治元年)12月 - 1951年昭和26年)4月15日)は、日本の政治家青森県八戸町、舘村の町長

来歴・人物[編集]

八戸町長横町で生まれる。明治21年(1888年)に小田為綱を招いて八戸義塾を立ち上げ、明治22年(1889年)に八戸青年会を設立する。

明治34年(1901年)に八戸消防団の組頭を務め、明治38年(1905年)4月に八戸新聞の社長に就任する。

明治40年(1907年)10月に八戸町長となり、大正2年(1913年)まで2期、大正7年(1918年)~大正12年(1923年)の2期の計4期八戸町長を務めた。大正4年(1915年)~大正7年(1918年)の間、舘村村長も務めている。

大正12年(1923年)2月に政界を引退、八戸市発足の際に初代市長の就任の要請があったが、これを固辞している。

俳諧にも造詣が深く、「百仙洞古心」の俳号を持ち、政界引退後も俳諧活動は続けた。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 「北村 益 郷土の先達」1975年、八戸市立図書館編
先代:
遠山景三
第3 代八戸町
1907年 - 1913年
次代:
奈須川光宝
先代:
奈須川光宝
第5 代八戸町
1918年 - 1923年
次代:
関春茂