北埼玉郡

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日本 > 関東地方 > 埼玉県 > 北埼玉郡
埼玉県北埼玉郡の範囲(薄黄:後に他郡に編入された区域)

北埼玉郡(きたさいたまぐん)は、埼玉県にあった

郡域[編集]

現在の行政区画では概ね以下の区域に相当する。

上記のうち、鴻巣市の一部(大字笠原、安養寺、郷地、北新宿、鎌塚、下忍、袋および新宿一・二丁目、鎌塚一 - 五丁目)と行田市の一部(大字堤根、樋上、下忍)はいったん北足立郡に、熊谷市の一部(大字戸出、平戸)は大里郡にそれぞれ編入されている。

歴史[編集]

郡発足までの沿革[編集]

  • 旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での、埼玉郡のうち後の当郡域の支配は以下の通り。●は村内に寺社領が、○は村内に寺社除地(領主から年貢免除の特権を与えられた土地)が存在。幕府領は木村飛騨守支配所(関東在方掛)、大竹左馬太郎支配所、小笠原甫三郎支配所、松村忠四郎支配所、福田所左衛門支配所が管轄。広田村上分・広田村下分は1村として数える。詳細不明は村数に含めない。(5町204村)
  • 慶応4年
    • 6月17日1868年8月5日) – 関東在方掛の旧岩鼻陣屋に岩鼻県が設置され、幕府領・旗本領のうち外田ヶ谷村・上会下村・上手子林村・不動岡村を管轄。
    • 6月19日(1868年8月7日) - 忍藩士の山田政則が武蔵知県事に就任。上記を除く幕府領・旗本領を管轄[6]
    • 各藩の領地替えにより、以下の変更が行われる。
      • 久留里藩 → 武蔵知県事 : 中渡村・外記新田・道木沼村・川口村・水深村
      • 岩槻藩 → 武蔵知県事 : 不動岡村
      • 武蔵知県事 → 忍藩 : 上弥勒村・下三ツ俣村・小浜村(現加須市南小浜)・荒木村・下新田
      • 武蔵知県事 → 長瀞藩 : 上三田ヶ谷村および下三田ヶ谷村の一部(旧旗本小北尾氏知行)
      • 武蔵知県事 → 下総佐倉藩 : 新川通村の一部
  • 明治2年
  • 明治4年
  • 1874年(明治7年)(5町194村)
    • 上弥勒村・下弥勒村が合併して弥勒村となる。
    • 上日野手新田・下日野手新田が合併して日野手新田となる。
    • 上三田ヶ谷村・下三田ヶ谷村が合併して三田ヶ谷村となる。
    • 上郷地村・下郷地村が合併して郷地村となる。
    • 元中手子林村(中手子林村)が下手子林村に、中大越村が下大越村に、箕沢村が羽生町に、屈巣村新田・上会下新田・郷地新田が屈巣村にそれぞれ編入。
  • 1875年(明治8年)(5町188村)
    • 中新井村・渡沼村が合併して旗井村となる。
    • 明願寺村・下之村が合併して平永村となる。
    • 上常木村・下常木村が合併して常木村となる。
    • 上大越村・下大越村が合併して大越村となる。
    • 道木沼村が町屋新田に、前原村が今泉村にそれぞれ編入。
  • 1876年(明治9年) - 大曽村・前谷村が合併して栄村となる。(5町187村)
  • 1878年(明治11年) - 下手子林村のうち旧中手子林村が分立。(5町188村)

郡発足後の沿革[編集]

  • 1879年(明治12年)
    • 3月17日 - 郡区町村編制法の埼玉県での施行により、埼玉郡のうち5町188村の区域に行政区画としての北埼玉郡が発足。郡役所が成田町に設置。
    • 2ヶ所存在した小浜村が北小浜村・南小浜村(ともに現加須市)に改称。
    • 平野村・辻村・荻島村・下新井村・新宿村が、のちの南埼玉郡域に同名の村が存在することから北平野村・北辻村・北荻島村・北下新井村・北新宿村にそれぞれ改称。
  • 1883年(明治16年) - 樋遣川村が上樋遣川村・下樋遣川村・中樋遣川村に分村。(5町190村)
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(4町52村)
1.北河原村 2.南河原村 3.成田村 4.須加村 5.星河村 6.星宮村 7.荒木村 8.持田村 9.太井村 10.忍町 11.長野村 12.下忍村 13.埼玉村 14.広田村 15.屈巣村 16.笠原村 17.新郷村 18.川俣村 19.岩瀬村 20.羽生町 21.須影村 22.井泉村 23.村君村 24.手子林村 25.志多見村 26.共和村 27.田ヶ谷村 28.騎西町 29.種足村 30.高柳村 31.礼羽村 32.不動岡村 33.三田ヶ谷村 34.大越村 35.樋遣川村 36.三俣村 37.加須町 38.鴻茎村 39.水深村 40.大桑村 41.豊野村 42.原道村 43.元和村 44.東村 45.麦倉村 46.川辺村 A.太田組合村 B.中島組合村 C.中条組合村(紫:行田市 桃:加須市 赤:羽生市 橙:鴻巣市 水色:熊谷市)
  • 1893年(明治26年)5月27日 - 麦倉村が利島村に改称。
  • 1896年(明治29年)8月1日 - 郡制を施行。
  • 1901年(明治34年)
    • 10月15日 - 太田組合村(太田村、真名板村、藤間村、関根村)が合併し、改めて太田村が発足。(4町49村)
    • 10月25日 - 中島組合村(北荻島村、中手子林村)が合併して中島村が発足。(4町48村)
  • 1909年(明治42年)8月14日 - 中条組合村(上中条村、今井村、小曽根村、大塚村)が合併して中条村が発足。(4町45村)
  • 1923年大正12年)4月1日 - 郡制廃止にともない郡会が廃止。残務処理のため郡役所は存続。
  • 1926年(大正15年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 1927年昭和2年)4月1日 - 成田村が大里郡熊谷町に編入され、郡より離脱。(4町44村)
  • 1928年(昭和3年)11月1日 - 不動岡村が町制施行して不動岡町となる。(5町43村)
  • 1937年(昭和12年)4月1日 - 長野村・星河村・持田村が忍町に編入。(5町40村)
  • 1942年(昭和17年)7月1日 - 北埼玉地方事務所が忍町に置かれ、北埼玉郡を管轄する。
  • 1943年(昭和18年)
    • 2月1日 - 中島村が手子林村に編入。(5町39村)
    • 4月1日 - 騎西町・種足村・高柳村・田ヶ谷村・鴻茎村が合併し、改めて騎西町が発足。(5町35村)
  • 1946年(昭和21年)5月1日 - 騎西町の一部をもって田ヶ谷村種足村高柳村鴻茎村が再置される。(5町39村)
  • 1949年(昭和24年)5月3日 - 忍町が市制施行して忍市となり、郡より離脱。忍市は同日行田市に改称する。(4町39村)
  • 1954年(昭和29年)
    • 3月31日(4町34村)
      • 北河原村・須加村・荒木村が行田市に編入。
      • 広田村・屈巣村・共和村が合併して川里村が発足。
    • 4月1日 - 中条村が熊谷市に編入。(4町33村)
    • 5月3日 - 加須町・不動岡町・樋遣川村・三俣村・礼羽村・志多見村・水深村・大桑村が合併して加須市が発足し、郡より離脱。(2町27村)
    • 7月1日(2町25村)
    • 9月1日 - 羽生町・新郷村・須影村・岩瀬村・川俣村・井泉村・手子林村が合併して羽生市が発足し、郡より離脱。(1町19村)
    • 10月1日 - 騎西町・田ヶ谷村・種足村・鴻茎村が合併し、改めて騎西町が発足。(1町16村)
  • 1955年(昭和30年)
    • 1月1日(1町12村)
      • 三田ヶ谷村・村君村が合併して千代田村が発足。
      • 原道村・元和村・東村・豊野村が合併して大利根村が発足。
    • 3月20日 - 高柳村が騎西町に編入。(1町11村)
    • 4月1日 - 利島村・川辺村が合併して北川辺村が発足。(1町10村)
    • 7月20日 - 星宮村が行田市に編入。(1町9村)
    • 9月30日 - 太井村のうち、大字太井が熊谷市、大字棚田・門井が行田市、大字北新宿が北足立郡吹上町(現鴻巣市)に分割編入。(1町8村)
    • 10月1日 - 下忍村が北足立郡吹上町と合併し、改めて北足立郡吹上町(現鴻巣市)が発足し、郡より離脱。(1町7村)
  • 1957年(昭和32年)
    • 1月1日 - 大越村が加須市に編入。(1町6村)
    • 3月31日 - 太田村が行田市に編入。(1町5村)
  • 1959年(昭和34年)4月1日 - 千代田村が羽生市に編入。(1町4村)
  • 1971年(昭和46年)
    • 1月1日 - 大利根村が町制施行して大利根町となる。(2町3村)
    • 4月1日 - 北川辺村が町制施行して北川辺町となる。(3町2村)
  • 2001年平成13年)5月1日 - 川里村が町制施行して川里町となる。(4町1村)
  • 2005年(平成17年)10月1日 - 川里町が鴻巣市に編入。(3町1村)
  • 2006年(平成18年)1月1日 - 南河原村が行田市に編入。(3町)
  • 2010年(平成22年)3月23日 - 大利根町・騎西町・北川辺町が加須市と合併し、改めて加須市が発足。同日北埼玉郡消滅。埼玉県内では1896年の郡の再編以来、初の郡消滅となった。

行政[編集]

  • 歴代郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 明治11年(1879年)3月17日
大正15年(1926年)6月30日 郡役所廃止により、廃官

変遷表[編集]

その他[編集]

太鼓の達人のナムコオリジナル曲である「きたさいたま2000」、「きたさいたま200」で、この郡に所属していた大利根町と北川辺町、騎西町が地名で読み上げられている。

脚注[編集]

  1. ^ 支配者不明だが、後の管轄より幕府領と比定。
  2. ^ a b c d 「旧高旧領取調帳」では足立郡の所属となっているが、ここでは「角川日本地名大辞典」に準じた。
  3. ^ a b 「旧高旧領取調帳」では郷地村1村として記載。
  4. ^ 「旧高旧領取調帳」には記載なし。
  5. ^ 同藩が武蔵国を所領に加えたのは大網への藩庁移転後とする資料もある。
  6. ^ 下中条村、須加村は「旧高旧領取調帳」に明治以降の管轄に関する記載がない。

参考文献[編集]

関連文献[編集]

関連項目[編集]

先代:
埼玉郡
行政区の変遷
1879年 - 2010年
次代:
(消滅)