助六太鼓

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助六太鼓(すけろくだいこ)は、東京初のプロ奏者による創作和太鼓集団[1][2]。1960年代に、東京の盆太鼓スタイルであった斜台(斜めの太鼓台)を使った打法を初めて組太鼓に取り入れた[3]。のちの和太鼓ブームの火付け役となった初期の太鼓集団のひとつ。創設メンバーの一人が1980年代に大江戸助六太鼓を新たに結成し、助六太鼓を名乗る団体は2016年現在2つある。

沿革[編集]

東京都文京区の盆太鼓「大江戸助六会」を源流に、石倉義久、石塚由孝、小野里元栄、小林正道の4人の太鼓奏者によって結成された[4][5]1966年結成時は「新音太鼓」と称してナイトクラブなどで演奏していたが「助六太鼓」と改名[6]。呼びかけ人に舞踏家の真田実、代表に小輪瀬晋が就任。当初は和太鼓に三味線音楽を取り入れていたが、組太鼓だけのアンサンブルに移行し、1968年には雪村いずみの海外公演に同行し米国西海岸3都市で演奏活動を行なうなど国内外で活躍[6]。盆太鼓の乱れ打ちや八丈太鼓などを発展させた新曲を作り、佐渡島の伝統芸能「鬼太鼓」や韓国のサムゴム(三鼓舞)の演技も参考にするなどしてパフォーマンス性の高い独自の演奏スタイルを作り上げた[6]

1970年代に創立メンバーの4人は脱会し、1977年に現代表の今泉豊が引き継ぐ[3]。創立メンバーはそれぞれ脱会後、石倉は「関東あばれ太鼓」結成、石塚は邦楽囃子方の望月流に入門して望月左武郎となり[1]、小野里も邦楽囃子方・藤舎清成となり1993年には「日本太鼓道場」設立[7]、小林は1982年に「大江戸助六太鼓」を結成した[4]。現・助六太鼓代表の今泉は「助六太鼓」の家元、大江戸助六太鼓の小林は「大江戸助六流宗家」をそれぞれ名乗っている[8]

代表曲[編集]

新音太鼓時代に発表した「乱れ打ち」、創立メンバーによって作り上げられた「まつり太鼓」「白梅太鼓」「おろし太鼓(現・春雷)」などのほか、独創的な動きとリズム展開を持つ「二段打ち」および「四段打ち」も助六流の代表曲となっている[9]。なお、これら助六太鼓オリジナル曲の演奏には同会の許可がいる[3]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 望月左武郎/Saburo Mochizukiについて望月左武郎facebook
  2. ^ 代表者 藤舎清成先生日本太鼓道場ブログ、2012/04/18
  3. ^ a b c About Us 助六太鼓とは助六太鼓
  4. ^ a b 『助六初代 アメリカを行く~北米太鼓会議2007~ 前編』『べらんめえ』66号
  5. ^ アーティストインタビュー 第7回ケニー遠藤宮本卯之助商店
  6. ^ a b c Nidan Uchi/Yodan UchiTaiko Source, September 3, 2015
  7. ^ 日本太鼓道場とは日本太鼓道場ブログ、2012/04/18
  8. ^ 築地本願寺で盆踊り、大江戸助六太鼓や築地場外の模擬店も銀座新聞ニュース、2015年7月29日
  9. ^ 代表曲大江戸助六太鼓

外部リンク[編集]