加計町

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加計町
廃止日 2004年10月1日
廃止理由 新設合併
加計町戸河内町筒賀村安芸太田町
現在の自治体 安芸太田町
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中国地方山陽地方
中国・四国地方
都道府県 広島県
山県郡
団体コード 34361-7
面積 96.09km2
総人口 4,311
(2004年3月31日)
隣接自治体 広島市、佐伯郡湯来町、山県郡筒賀村、
山県郡戸河内町、山県郡豊平町
町の花 ツツジ
加計町役場
所在地 731-3595
広島県山県郡安芸太田町加計3505-4
外部リンク 安芸太田町HP
特記事項 町役場のデータは安芸太田町役場加計支所のものである。
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安芸太田町加計支所
安芸太田町加計病院
加計体育館
サンシャイン加計
加計郵便局

加計町(かけちょう)はかつて広島県山県郡に存在した町である。 2004年10月1日に山県郡戸河内町および筒賀村と合併し、山県郡安芸太田町に移行したことに伴い消滅した。

地理[編集]

河川[編集]

[編集]

  • 大箒山(標高1,013.5m)
  • 五輪山(標高832.9m)
  • 正教山(標高817.2m)
  • 百々山(標高559.3m)

大字(2004年9月30日当時のデータ)[編集]

  • 穴(あな)
  • 加計(かけ)…一部地区(安中・勝草)が安芸太田町移行後観音として独立。
  • 下筒賀(しもつつが)
  • 下殿河内(しもとのごうち)
  • 津浪(つなみ)
  • 坪野(つぼの)

沿革[編集]

  • 1889年4月1日 市町村制施行。加計町域には当時いずれも山県郡に属する加計村・殿賀村・安野村が存在した。
  • 1898年2月10日 加計村が町制施行して加計町(初代)になる。
  • 1954年8月1日 加計町(初代)と殿賀村が対等合併して加計町(2代)が成立する。
  • 1956年9月30日 加計町(2代)と安野村が対等合併して加計町(3代)が成立する。
  • 2004年10月1日 山県郡の加計・戸河内両町および筒賀村が対等合併して安芸太田町が成立したことに伴い消滅する。

経済[編集]

産業[編集]

農業

『大日本篤農家名鑑』によれば、加計町の篤農家は、「井上二三次、太田登三一、栗栖弘二、鍵浦源之丞、鈴川詩聞、佐々木覺、佐々木堅磐、佐々木長市、藤渡税、藤田佐五郎、鍵浦覺一、井上浅太郎、河野松之丞、佐々木登市、加計正夫」などである[1]

商工業
  • 猪原良右衛門(醤油醸造業)[2]
  • 加計三千次(酒造業)[2]

地域[編集]

医療[編集]

  • 加計町立病院(現・安芸太田町加計病院)
  • 越智佐夫(全科医)[2]
  • 佐々木博(全科医)[2]
  • 栗栖弘二(産婦人科医)[2]

教育[編集]

2004年9月30日当時のデータである。

小学校[編集]

  • 加計町立加計小学校
  • 加計町立修道小学校
  • 加計町立津浪小学校
  • 加計町立殿賀小学校
  • 加計町立安野小学校(2005年度より休校)

中学校[編集]

  • 加計町立加計中学校
  • 加計町立安野中学校(2004年度末で廃校)

高等学校[編集]

交通(2004年9月30日当時のデータ)[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

出身・ゆかりのある人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『大日本篤農家名鑑』148頁(国立国会図書館デジタルコレク井上ション)。2019年11月12日閲覧。
  2. ^ a b c d e 『広島県紳士録 昭和8年版』164-172頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年10月9日閲覧。
  3. ^ 『日本紳士録 第29版』附録 全国多額納税者 広島県63頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年10月8日閲覧。

参考文献[編集]

  • 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第29版』交詢社、1925年。
  • 『広島県紳士録 昭和8年版』西日本興信所、1933年。

関連項目[編集]