加州清光

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加州清光(かしゅうきよみつ、生年不詳 - 貞享4年(1687年))加州(金沢)の刀鍛冶。正式な名称は、加州金沢住長兵衛藤原清光。 加州金沢住長兵衛藤原清光は六代目「清光」で、初代は「小次郎」といい泉村(現在の金沢市泉)に住んだ。六代長兵衛清光は鍛治町に住んでいたが突然、非人小屋に入り、ここで幾口かの名刀を打った。

一時期、加賀藩前田綱紀寛文十年(1670年)に建てた「窮民収容所」に住んでいたために、「乞食清光」と呼ばれていた。貞享四年に死去する。新刀期の刀鍛冶。

彼の刀を使っていた有名人としては新撰組の沖田総司東條英機らが居る。

新刀加州清光は数代いる。加州以外にも同銘の刀工がいるので、茎に清光と切ってあるだけで非人清光とは断ずることはできない。 六代清光につづいて七代清光も小屋入りをしていたが、八代以降は小立野土取場(現在の金沢大学医学部付近)に住んで刀を鍛えている。

九代清光は藤江清次郎。藩末時代に当国代表的な刀工であったが明治九年不遇に没した人物である。

昭和42年4月7日、金沢市笠舞町の第四土地区画整理組合によって非人小屋にあった付近に“非人清光の碑”が建てられた。高さ1.5メートルの円筒形御影石の台石に“直刃”を形どったブロンズのモニュマンが載っている。製作者は板坂辰治(金沢美術工芸大学教授)。

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