加山俊夫
加山 俊夫 かやま としお | |
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生年月日 | 1945年2月18日(79歳) |
出生地 | 埼玉県北足立郡大和町(現・和光市) |
出身校 | 東京経済大学 |
前職 | 相模原市助役 |
称号 | 旭日中綬章 |
第7代 相模原市長 | |
当選回数 | 3回 |
在任期間 | 2007年4月22日 - 2019年4月21日 |
加山 俊夫(かやま としお、1945年(昭和20年)2月18日[1] - )は、日本の政治家。前神奈川県相模原市長(3期)。
来歴
[編集]埼玉県北足立郡大和町(現和光市)生まれ。3歳の時に相模原町(当時)に転居した。相模原市立向陽小学校、相模原市立旭中学校卒業。1963年(昭和38年)3月、神奈川県立相原高等学校卒業。同年4月、相模原市役所に就職。1967年(昭和42年)3月、働きながら東京経済大学経済学部の夜間部を卒業した。相模原市都市整備部長、経済部長、消防長、都市部長を経て、2004年(平成16年)4月から相模原市助役に就任した。
2007年(平成19年)2月、小川勇夫相模原市長が体調を崩して入院し、市長を辞職する意向を表明。小川は加山を後継指名し、3月8日に辞職願を提出。加山は3月14日に市長選挙への出馬を表明。4月22日執行の市長選挙では元相模原市収入役の候補者が立候補し、元市職員同士の争いを加山が制して初当選を果たした。加山の得票数は、133,611票。投票率は、47.38%。
なお、小川前市長は辞職後、同年3月11日の県北合併(相模原市、津久井郡城山町・津久井町・相模湖町・藤野町)完了を見届け、10日後の3月21日に逝去した。
2011年(平成23年)4月10日執行の市長選挙では民主党・自由民主党・公明党の支援を受け、新人2人を破り再選[2]。投票率は50.60%。
2015年(平成27年)4月12日、自民、公明、民主の推薦を受けて立候補し、共産党公認の新人を破り3選[3]。
2018年(平成30年)12月17日、市長選4選へ向けて自民党市議団と政策協定を結んだ[4]。2019年(平成31年)4月の市長選には加山のほか、自民党市議団に所属していた市議の宮崎雄一郎、自民党県議の八木大二郎、衆議院議員の本村賢太郎らが出馬[5][6]。6万票差で本村に敗れた。
脚注
[編集]- ^ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、157頁。
- ^ 相模原市長選:現職の加山氏が新人2人に大勝し再選/神奈川2011年4月11日
- ^ 相模原市長、加山氏が3選 日本経済新聞 2015年4月13日
- ^ “自民市議団が加山氏支援へ 相模原市長選で政策協定結ぶ”. 神奈川新聞. (2018年12月18日) 2019年1月9日閲覧。
- ^ “【神奈川】県内 今年の選挙は 知事選など11首長選”. 東京新聞. (2019年1月4日) 2019年1月9日閲覧。
- ^ “相模原市長選に本村衆院議員出馬へ 「地元に恩返し」”. 神奈川新聞. (2019年1月8日) 2019年1月9日閲覧。
- ^ 令和2年春の叙勲受章者名簿