加トちゃんのスーパー黄金伝説

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加トちゃんのスーパー黄金伝説(かとちゃんのスーパーおうごんでんせつ)はザ・ドリフターズ加藤茶フジテレビアナウンサー(2006年3月まではニッポン放送アナウンサー)の桜庭亮平ニッポン放送アナウンサーの那須恵理子がパーソナリティを務めた、1998年4月開始のラジオバラエティ録音番組。放送時間はプロ野球のシーズン中とシーズンオフで大幅に変わる。プロ野球のシーズン中はニッポン放送のみの放送だが、シーズンオフには全国ネットで放送された。

なお、1998年4月から9月までは「加トちゃんの黄金伝説'98」というタイトルだった。

概要[編集]

前身は1996年4月から1998年3月まで月〜金の朝9:00〜11:30に放送されていた「加トちゃんのラジオでチャッ!チャッ!チャッ![1]。加藤と桜庭は開始時から出演していたが、番組2年目にそれまでの仲佐かおり(当時ニッポン放送アナウンサー)から交代する形で那須が加わったのがトリオの始まりである(詳しくは同項を参照)。

「ラジオでチャッ!チャッ!チャッ!」は、18年続いた「玉置宏の笑顔でこんにちは!」の後釜と他局との激しい聴取率争いという難しさもあって2年で終了したものの、このトリオの掛け合いがリスナーからも好評で、人気コーナーだった「茶太郎と作蔵のおとぼけJIJI放談」、「我が家の記念日→あんたが主役!加トちゃん劇場(本番組開始にあたり「加トちゃんのおたより道場」にタイトル変更)」、「加トちゃんの青春グラフィティ」の3つと共に本番組に引き継がれる形でスタートした。

2005年からは先の3つのコーナーを合わせ「茶太郎と作蔵のギャグ・ブロードバンド」に統一。その中の「おたより道場」のコーナーでは「オレたちブラ」と称した加藤と桜庭がテンポよく手紙を紹介していた。

このトリオでの放送は9年半にわたって続き、桜庭がライブドアの買収事件のあおりでフジテレビへ転籍した後も続いたが、桜庭を含むフジテレビへ転籍したアナウンサーのニッポン放送への出演契約が2006年9月いっぱいで切れることに伴い同月をもって番組を終了することとなった。これにより、「ラジオでチャッ!チャッ!チャッ!」から続いた10年半の歴史に一旦幕が下りる形となった。

その後一か月の間をおいて、11月から番組をリニューアルし「加藤茶のちょっとだけよ」として開始予定だったものの、目前となった同年10月30日に加藤が緊急入院し、大動脈解離と診断され4か月の療養生活を余儀なくされた。結果的に開始予定だった「ちょっとだけよ」は、11月を過ぎても開始されずそのまま白紙となった。「ビバノンラジオ全員集合」から12年間パーソナリティを務めた加藤はこれ以降、ニッポン放送でレギュラーを持っていない。

録音番組のためゲストを迎える機会は少なかったが、聴取率調査週間には加藤の親友である小野ヤスシをゲストに迎えて放送することもあった。

2003年以降の放送時間[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 加藤は同番組の前にも、1994年秋から1996年春に月〜金の夕方18時枠(ナイターシーズンは月曜20時枠)で放送された「加トちゃんのビバノンラジオ全員集合」を担当していた(ただし本番組との直接のつながりはない)。