副島義一

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副島義一

副島 義一(そえじま ぎいち、慶応2年1月5日1866年2月19日) - 昭和22年(1947年1月27日)は、日本の衆議院議員法学者。専門は憲法学で、天皇機関説を唱えた[1]

経歴[編集]

肥前国佐賀郡本庄村(現在の佐賀県佐賀市)出身。1894年明治27年)に東京帝国大学法科大学独法科を卒業し、大学院に進んだ[2]。さらにベルリン大学に留学し[2]1901年(明治33年)から1902年(明治34年)にかけて、渡辺廉吉に代わって東京高等商業学校(現一橋大学)で憲法を講じた[3]

1908年(明治41年)に法学博士の学位を受けた[4]早稲田大学で教授・評議員を務めるかたわら、辛亥革命の際には寺尾亨とともに南京の臨時政府の法律顧問に就任し[5]、また1920年大正9年)には第14回衆議院議員総選挙に出馬して当選を果たした[2]

1931年(昭和6年)、南京国民政府の法律顧問に就任[2]。その後、国士舘中学校校長を務めた[2]

著書[編集]

単著[編集]

  • 『日本帝国憲法論』早稲田大学出版部〈早稲田叢書〉、1905年3月。NDLJP:789237
    • 『日本帝国憲法論』早稲田大学出版部〈早稲田叢書〉、1905年3月、第4版。NDLJP:2937351
  • 『日本帝国憲法要論』巌松堂書店〈法政経済叢書〉、1916年8月。
  • 『日本帝国憲法論』中村弥三次編、敬文堂書店、1924年5月。
  • 『行政法学総論』上田光雄編、巌海堂書店、1926年5月。NDLJP:987336
  • 『行政法学総論』上田光雄編、敬文堂書店、1926年9月。NDLJP:1020703
  • 『日本帝国憲法講和』明善社、1928年4月。
  • 『日本行政法汎論』明善社、1928年11月。
  • 『行政法総論』六合社、1928年11月。
  • 『内閣制度論Ⅰ 早稲田法学第十五巻別刷』巌松堂書店、1936年2月。NDLJP:1020703
  • 『内閣制度論Ⅱ 早稲田法学第十六巻別刷』巌松堂書店、1937年5月。NDLJP:1113105 NDLJP:1268310 NDLJP:1710462

共訳[編集]

  • ハインリヒ・デルンブルヒ『独逸民法論』第1巻、副島義一・中村進午・山口弘一訳、東京専門学校出版部〈早稲田叢書〉、1899年5月。NDLJP:792218
    • ハインリヒ・デルンブルヒ『独逸民法論 第1巻』副島義一・中村進午・山口弘一訳、信山社出版〈日本立法資料全集別巻 117〉、1998年6月、復刻版。ISBN 978-4797246087

脚注[編集]

  1. ^ 『学界文壇時代之新人』pp.149-155
  2. ^ a b c d e 『人事興信録』
  3. ^ 市原昌三郎「一橋と公法学-憲法学・行政法学」一橋論叢
  4. ^ 『官報』第7408号、明治41年3月10日。
  5. ^ 『奇物凡物』pp.75-84

参考文献[編集]

  • 『学界文壇時代之新人』千朶木仙史編、天地堂、1908年6月26日、148-155頁。NDLJP:777987/80
  • 鵜崎鷺城『奇物凡物』隆文館図書、1915年7月23日、75-84頁。NDLJP:954882/44
  • 『人事興信録 第11版(上)』人事興信所編、人事興信所、1938年7月10日、ソ七頁。NDLJP:2127167/1271