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剔成君

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

剔成君(てきせいくん、生没年不詳)は、戦国時代の君主(在位紀元前356年頃 - 紀元前329年)。姓は子、氏は皇[1]、名は喜、字は子肝。剔城子肝[2]とも記される。戴公の公子充石(司徒皇父充石中国語版)の末裔にあたる。宗家の桓公を弑して[3]、自ら即位した。

紀元前329年に、剔成君の弟の偃が反乱を起こして、剔成君は敗れて、に亡命した。偃が即位して、これが康王である。

脚注

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  1. 韓非子』より。
  2. 『史記』宋微子世家第8の『史記索隠』注より。諱が同じのために春秋時代楽喜(司城子罕)と混同される。
  3. 『戦国史料編年輯証』(楊寛著/上海人民出版社/2001年)より。

参考文献

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