別府大分毎日マラソン
| 別府大分毎日マラソン | |
|---|---|
| 開催地 |
|
| 開催時期 | 2月第1日曜日 |
| 種類 | ロードコース |
| 距離 | マラソン |
| 最高記録 |
|
| 創立 | 1952年 |
| スポンサー | ピー・シー・エー、ソニー生命 |
| 公式サイト | 別府大分毎日マラソン |
別府大分毎日マラソン大会(べっぷおおいたまいにちマラソンたいかい)は、大分県大分市の大分マリーンパレス水族館“うみたまご”をスタート、別府市の亀川バイパス(別府市中央浄化センター付近)を折り返し、大分市営陸上競技場をゴールとする、42.195kmを走破するフルマラソン大会である。通称、別大マラソン(べつだい-)。毎年2月の第1日曜日に開催される。
概要と歴史
[編集]「幻の五輪代表」として知られ、日本陸上競技連盟五輪代表コーチも務めた大分県出身の池中康雄が提唱して創設された大会である。国道197号線と、別大国道をメインコースとした海沿いの全般的に平坦なコース(最大高低差約7m)で、マラソンランナーの登竜門と言われることが多い。また地元大分県出身選手の最優秀賞として創設者の名を取った「池中杯」が贈られる。
1980年代より、当大会の1週間後に東京国際マラソンが毎年開催されるようになってから有力選手があまり集まらなくなってきたが、2007年に東京国際マラソンが市民マラソン(東京マラソン)化したこともあって、当大会のレベルが相対的に上昇。2001年の第50回と2005年以降の西暦奇数年と2000年以降の夏季オリンピック開催年と2002年以降の夏季アジア大会開催年と2016年以降の夏季パラリンピック開催年は、それぞれの年にある世界陸上選手権・夏季オリンピック・夏季アジア大会の代表選考会男子の部第3戦になっている(一部を除き参考レース扱い。その場合は選考会議に判断が委ねられる)が、視覚障害者に限り夏季パラリンピックの代表選考会も兼ねている。そのため、年によって出場選手のレベルに差が出てくることが懸念される。そんな中、2020年夏季オリンピック代表選考の統一レースとなるマラソングランドチャンピオンシップの出場権をかけた「MGCシリーズ対象レース」の一つに選ばれた。2018年と2019年の大会で、優勝または一定の成績で3位以内に入った選手にMGCへの出場権が与えられる。
高低差は小さいが、海沿いのコースであるため、風の影響を受けやすい。特に、別大国道の区間は風をさえぎるものがなく、海からの風をまともに受ける。この海風が選手の体力を消耗させるため、平坦なコースではあるが、記録を出すのは容易なことではない。
2001年の第50回大会や2011年の第60回大会は記念大会として、参加資格が大幅に緩和されて実施されている。
第70回大会は新型コロナウイルスの影響で2022年に延期[1]。開催予定だった2021年は代替企画として「別大チャレンジ2021」を1月31日から2月28日までの期間に実施する[2]。
大会事務局は北九州市小倉北区の毎日新聞西部本社内に置かれている。
2022年の第70回大会は、新型コロナウイルスの感染が再び急拡大したことを受けてカテゴリー1の男子232人、国際パラリンピック委員会登録のブラインドランナー男女14人、大分県在住の男女292人の計543人に限定して開催することを決めた。カテゴリー2、3、4のランナーについてはスマートフォンを活用したリモートマラソン大会の出場を勧めている[3]。
世界記録
[編集]1963年の第12回大会で、寺沢徹が 2時間15分15秒8 の世界最高記録を樹立した。この記録は2023年現在まで、日本国内のレースで日本人選手が記録した最後のマラソン世界記録となっている。
ハプニング
[編集]女子の参加
[編集]世界的に女子のマラソンが広まっていた1979年の第28回大会では試験的に女子の参加が認められ、当時鬼太鼓座に所属していた小幡キヨ子が2時間48分52秒(173位)で完走した[5]。鬼太鼓座の参加申請に対して、大会事務局長の池中康雄は、男女混合という国際陸上競技連盟が公認しない方式での参加を当初拒否して鬼太鼓座側と議論になり、最終的に男子とは時差スタートとすることで決着した[6]。小幡の記録は、当時日本最高記録に相当する(この時点では陸連は女子のマラソンを道路日本記録の公認対象にしていなかった)ものであった[6][7]。
翌1980年の第29回大会では小幡キヨ子のほか、阿部しのぶ、宍戸和子の3人が出走、小幡は2時間51分32秒で完走したが、阿部と宍戸は関門制限に間に合わずに途中棄権となった[8]。小幡は鬼太鼓座の男性メンバーのエスコートを受けて走り、これはルール違反ではないかとも指摘された[8]。
1981年の第30回大会には古庄公子と村本みのるの2人が出走(スタートは男子の1分後)、村本は2時間50分31秒で完走し、これは当時の女子マラソンの公認道路日本記録だった[9]。
その後、女子の参加は認められていなかったが[注釈 1]、60周年記念大会が行われた2011年より「一般参加」のみではあるが再び女子選手にも門戸を開放されることになった[10]。
コース
[編集]開設当初は、別府駅前(後に別府国際観光港前に変更)をスタート・ゴールとし、大分市鶴崎のアサリスポーツ前で折り返していたが、1983年に大分市営陸上競技場をスタート・ゴールとし、別府国際観光港前で折返すコースに変更された。
2010年大会よりコース変更。新しいコースは、大分・別府の市境に近いうみたまごをスタートして別府市内を走り、最後に大分市内を回るルートとなる[11][12][13]。これにより、仏崎付近の急傾斜のバンク状のカーブを走行する回数が減り、追い風も多くなると見込まれることから、実行委員会では好記録が期待できるとしている[11][12]。また、別府・大分の両市街地を走行する距離が増えることから、観客増も期待されている[11]。
2016年大会よりコース変更。起終点は変わらないが、大分市内で第2折り返し点が設けられ、大分川を渡る回数を3回から1回とし終盤の高低差を減少。さらなる好記録を狙えるコースとした。
大会運営
[編集](第69回大会のもの)
- 主催:九州陸上競技協会、大分県、大分県教育委員会、別府市、別府市教育委員会、大分市、大分市教育委員会、毎日新聞社、RKB毎日放送、OBS大分放送
- 後援:(公財)日本陸上競技連盟、日本実業団陸上競技連合、(公財)大分県スポーツ協会、スポーツニッポン新聞社
- 主管:大分陸上競技協会
- 支援:大分県警察本部、陸上自衛隊別府駐屯地第41普通科連隊、大分県スポーツドクター協議会、国土交通省九州地方整備局大分河川国道事務所
特別協賛
[編集]過去の特別協賛
[編集]- 朝日ソーラー (1991年 - 1997年・2001年 - 2012年)※2014年以降は協賛
- 永谷園(1998年)
- トライグループ(1999年)
- 日興ビーンズ証券(2000年)
- アートネイチャー(2013年 - 2016年)
この他に出光興産、二階堂酒造、ジャパネットたかた、ECC、若築建設も筆頭スポンサーとして協賛している。※2023年(第71回大会)
特別協力としてSEIKOが大会公式計時を担当し三菱自動車が大会公式車両を提供する[注釈 2]。※2023年(第71回大会)
参加資格
[編集]第74回大会(2026年2月1日開催)の参加資格は、大会当日に満19歳以上であり、2024年1月1日から申し込み時点までの間に国内外の公認コースで以下の記録を達成した者に限られる。なお、資格記録はネットタイムで申請可能である。
参加者は記録に応じて4つのカテゴリーに区分される。カテゴリー1から3は定員制ではなく資格を満たせば原則出場可能だが、カテゴリー4は定員がカテゴリー1-3の応募状況により変動し、定員を超えた場合は抽選となる。
| カテゴリー | 日本陸連登録区分 | マラソン | 30km | ハーフマラソン | 10,000m |
|---|---|---|---|---|---|
| カテゴリー1 | 登録者 | 2時間30分00秒 | 1時間40分00秒 | 1時間10分00秒 | 男子31分00秒 女子34分00秒 |
| カテゴリー2 | 登録者 | 2時間55分00秒 | - | - | - |
| カテゴリー3 | 登録者 | 2時間59分59秒 | 1時間54分00秒 | 1時間17分00秒 | - |
| カテゴリー4 | 制限なし | 3時間30分00秒 | - | - | - |
※カテゴリー1には、主催者や各連盟(実業団・学連など)からの推薦・招待枠も含まれる。
歴代優勝者
[編集]男子
[編集]氏名・所属は当時。 -数字- は優勝回数、 太字 は世界記録、 太字 は日本記録、 太字 は大会記録(いずれも当時)。
| 回 | 開催日 | 氏名 | 国名・所属 | タイム | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1952年1月20日 | 濱村秀雄 | 2時間01分50秒 | 35kmのコースで実施 | |
| 2 | 1953年2月1日 | 山田敬蔵 | 2時間29分05秒 | ||
| 3 | 1954年2月7日 | 内川義高 | 2時間34分48秒 | ||
| 4 | 1955年2月12日 | 西田勝雄 | 2時間29分19秒 | ||
| 5 | 1956年2月12日 | 廣島庫夫 | 2時間26分24秒 | ||
| 6 | 1957年2月10日 | 貞永信義 | 2時間26分40秒 | ||
| 7 | 1958年2月10日 | 廣島庫夫 -2- | 2時間25分16秒 | ||
| 8 | 1959年2月8日 | 築地美孝 | 2時間23分40秒 | ||
| 9 | 1960年2月14日 | 渡邊和己 | 2時間23分30秒 | ||
| 10 | 1961年3月12日 | 宇和博 | 2時間23分45秒 | ||
| 11 | 1962年2月11日 | 宍戸英顕 | 2時間23分54秒 | ||
| 12 | 1963年2月17日 | 寺沢徹 | 2時間15分15秒 | 当時の世界最高記録を樹立 | |
| 13 | 1964年2月2日 | 寺沢徹 -2- | 2時間17分48秒 | ||
| 14 | 1965年2月7日 | 寺沢徹 -3- | 2時間14分38秒 | ||
| 15 | 1966年2月13日 | 寺沢徹 -4- | 2時間14分35秒 | 大会4連覇 | |
| 16 | 1967年2月5日 | 君原健二 | 2時間13分33秒 | ||
| 17 | 1968年2月4日 | 佐々木精一郎 | 2時間13分23秒 | ||
| 18 | 1969年2月2日 | 上岡忠明 | 2時間14分03秒 | ||
| 19 | 1970年2月8日 | 君原健二 -2- | 2時間17分12秒 | ||
| 20 | 1971年2月7日 | 君原健二 -3- | 2時間16分52秒 | ||
| 21 | 1972年2月6日 | 御船芳郎 | 2時間19分10秒 | ||
| 22 | 1973年2月4日 | 君原健二 -4- | 2時間14分55秒 | ||
| 23 | 1974年2月3日 | 浜田安則 | 2時間13分04秒 | ||
| 24 | 1975年2月2日 | 小沢欽一 | 2時間13分10秒 | 当時初マラソン日本最高記録 | |
| 25 | 1976年2月1日 | 重竹幸夫 | 2時間14分22秒 | ||
| 26 | 1977年2月6日 | 浜田安則 -2- | 2時間13分57秒 | ||
| 27 | 1978年2月5日 | 宗茂 | 2時間09分05秒 | 日本人初のサブテン | |
| 28 | 1979年2月4日 | 喜多秀喜 | 2時間13分29秒 | 翌年優勝の武冨豊が0.3秒差で2位 | |
| 29 | 1980年2月3日 | 武冨豊 | 2時間13分29秒 | ||
| 30 | 1981年2月1日 | 宗茂 -2- | 2時間11分30秒 | 双子の弟・猛が2秒差で2位 | |
| 31 | 1982年2月7日 | ボブ・ホッジ | 2時間15分43秒 | 初の外国人覇者 | |
| 32 | 1983年2月6日 | 西村義弘 | 2時間13分55秒 | ||
| 33 | 1984年2月5日 | コール・フリント | 2時間12分05秒 | ||
| 34 | 1985年2月3日 | 谷口浩美 | 2時間13分16秒 | 初マラソン初優勝 | |
| 35 | 1986年2月2日 | 児玉泰介 | 2時間10分34秒 | ||
| 36 | 1987年2月1日 | 西村義弘 -2- | 2時間12分03秒 | 4年ぶり2度目 | |
| 37 | 1988年2月7日 | ブルーノ・ラフランキ | 2時間11分58秒 | ||
| 38 | 1989年2月5日 | 清水悟 | 2時間12分26秒 | ||
| 39 | 1990年2月4日 | ボグスラフ・ブシェック | 2時間11分56秒 | ||
| 40 | 1991年2月3日 | 森下広一 | 2時間08分53秒 | 当時の初マラソン日本最高記録で優勝。大会史上初の8分台 | |
| 41 | 1992年2月2日 | ディオニシオ・セロン | 2時間08分36秒 | ||
| 42 | 1993年2月7日 | マウリリオ・カスティーヨ | 2時間13分04秒 | ||
| 43 | 1994年2月6日 | 中富肇 | 2時間11分28秒 | 本来1位だった 折り返し点を間違え失格となったため、実質的な繰り上げ優勝[4] | |
| 44 | 1995年2月5日 | パトリック・キャロル | 2時間09分39秒 | ||
| 45 | 1996年2月4日 | ゲルト・タイス | 2時間08分30秒 | ||
| 46 | 1997年2月2日 | ローランド・ベラ | 2時間12分00秒 | ||
| 47 | 1998年2月1日 | 清水昭 | 2時間09分11秒 | 清水は当時21歳5ヶ月2日で、日本最年少のサブテン記録[14][注釈 3] | |
| 48 | 1999年2月7日 | エデル・モレノ | 2時間09分54秒 | ||
| 49 | 2000年2月6日 | 榎木和貴 | 2時間10分44秒 | ||
| 50 | 2001年2月4日 | 西田隆維 | 2時間08分45秒 | ||
| 51 | 2002年2月3日 | サミー・コリル | 2時間11分45秒 | ||
| 52 | 2003年2月2日 | サムソン・ラマダーニ | 2時間09分24秒 | ||
| 53 | 2004年2月1日 | 武田宏旦 | 2時間12分02秒 | ||
| 54 | 2005年2月6日 | 入船敏 | 2時間09分56秒 | ||
| 55 | 2006年2月5日 | ゲルト・タイス -2- | 2時間09分45秒 | 10年ぶりの優勝という“珍”記録 | |
| 56 | 2007年2月4日 | 藤田敦史 | 2時間10分23秒 | ||
| 57 | 2008年2月3日 | 足立知弥 | 2時間11分59秒 | 初マラソン初優勝 | |
| 58 | 2009年2月1日 | アディル・アンナニ | 2時間10分15秒 | ||
| 59 | 2010年2月7日 | ジョナサン・キプコリル | 2時間10分50秒 | コース大幅変更 | |
| 60 | 2011年2月6日 | アハメド・バダイ | 2時間10分14秒 | ||
| 61 | 2012年2月5日 | アルン・ジョロゲ | 2時間09分38秒 | ||
| 62 | 2013年2月3日 | 川内優輝 | 2時間08分15秒 | 17大会ぶりに大会最高記録を更新 | |
| 63 | 2014年2月2日 | アブラハム・キプリモ | 2時間09分23秒 | ||
| 64 | 2015年2月1日 | ツールデ・エスティファノス | 2時間10分18秒[15] | ||
| 65 | 2016年2月7日 | メラク・アベラ | 2時間09分27秒[16] | ||
| 66 | 2017年2月5日 | 中本健太郎 | 2時間09分32秒[17] | 14回目のマラソン挑戦で念願の初優勝[17] | |
| 67 | 2018年2月4日 | デスモンド・モクゴブ | 2時間09分31秒[18] | 2019マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)シリーズ対象大会[18] | |
| 68 | 2019年2月3日 | ヒシャム・ラクーアヒ | 2時間08分36秒[19] | 2019MGCシリーズ対象大会[19] | |
| 69 | 2020年2月2日 | ハムザ・サリ | 2時間08分01秒 | 大会最高記録を更新 | |
| 70 | 2022年2月6日 | 西山雄介 | 2時間07分47秒 | 2023MGCチャレンジ対象レース 大会史上初の7分台。初マラソン初優勝 | |
| 71 | 2023年2月5日 | イブラヒム・ハッサン | 2時間06分43秒[注釈 4] | 2023MGCチャレンジ対象レース 大会史上初の6分台 | |
| 72 | 2024年2月4日 | ワークナー・デレセ | 2時間07分59秒 | ||
| 73 | 2025年2月2日 | ビンセント・キプチュンバ | 2時間06分01秒 | 大会最高記録を更新 | |
| 74 | 2026年2月1日 | ゲタチョウ・マスレシャ | 2時間06分49秒 |
女子
[編集]氏名・所属は当時。 太字 は大会新記録。
| 回 | 開催日 | 氏名 | 国名・所属 | タイム | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 60 | 2011年2月6日 | 望月千幸 | 2時間39分57秒 | ||
| 61 | 2012年2月5日 | 望月千幸 -2- | 2時間43分12秒 | ||
| 62 | 2013年2月3日 | 望月千幸 -3- | 2時間40分11秒 | ||
| 63 | 2014年2月2日 | 山口遥 | 2時間41分56秒 | ||
| 64 | 2015年2月1日 | 望月千幸 -4- | 2時間41分28秒[20] | ||
| 65 | 2016年2月7日 | 吉冨博子 | 2時間45分07秒[21] | ||
| 66 | 2017年2月5日 | 山口遥 -2- | 2時間40分31秒 | ||
| 67 | 2018年2月4日 | 吉冨博子 -2- | 2時間33分00秒[22] | ||
| 68 | 2019年2月3日 | 山口遥 -3- | 2時間36分51秒[23] | ||
| 69 | 2020年2月2日 | レイチェル・ロジャーズ | 2時間40分02秒 | ||
| 70 | 2022年2月6日 | 道下美里 | 2時間57分20秒 | 視覚障害者部門でも優勝し、2冠を達成。 | |
| 71 | 2023年2月5日 | ロバ・ゼイトナ・フーサン | 2時間31分40秒 | 初マラソン初優勝 | |
| 72 | 2024年2月4日 | 真柄碧 | 2時間40分31秒 | ||
| 73 | 2025年2月2日 | 好士理恵子 | 2時間40分20秒 | ||
| 74 | 2026年2月1日 | 横田知佳 | 2時間43分45秒 |
テレビ中継
[編集]- 1978年の第27回大会で宗茂(大分県出身)が日本の男子フルマラソン選手で初めて2時間10分を切るゴールタイム(2時間9分56秒)で優勝したことをきっかけに、日本の民放テレビ局では初めてのフルマラソン完全生中継が、大分放送(OBS)・RKB毎日放送(本社:福岡市)・TBSテレビの共同制作と熊本放送(RKK)の技術協力によって翌1979年の第28回大会で実現。TBSから35名、OBSから33名、RKBから29名、RKKから5名のスタッフが中継に携わった(実況担当のアナウンサーについては後述)[24]。
- 当初からTBS系列の全局で放送されているが、現在はOBSとRKBの共同制作で、全国ネット向けの中継枠を11:50[注釈 5] - 14:24に設定。2008年の第57回大会中継から、ハイビジョンに対応している。また、大会がパラリンピックのマラソン代表選考会を兼ねる場合(2016年・2020年)は、引き続き14:24 - 15:24の1時間枠で視覚障害者部門に視点をあてた中継も別途行う[注釈 6]。
- RKBとOBSの共同制作になっているが、当初からRKBが主催に名を連ね、メイン実況はRKBのアナウンサーが担当する他、CM・提供クレジット・テロップ含め番組送出は全てRKBが担っている。
- RKBは主に中継人員派遣・全国送出業務を担い、OBSは中継人員派遣を担う。OBS本社は競技コース沿道にあり、同所内スタジオに放送センター、大分市・別府市の各所にマイクロ受信・固定カメラの基地を設置する。第1中継車は(2018年以降は第2中継車も)RKBが、第3中継車(遅くとも2014年以降はリポートバイクに変更)はOBSが担当する。なお、前述の2016年・2020年では第3移動車は視覚障害者部門の選手を追う。
- かつてはTBSも制作幹事局に加わっていたが、現在は毎日放送(MBS)、JNN九州・沖縄・山口各社(年度によってはRCC、itvなどの中四国各社も)とともに「制作協力局」として中継に関与している[注釈 7]。
- 愛媛県では、itv開局以前の一時期、JNNの正式な加盟局ではない南海放送(RNB、日本テレビ系列)がネットしていた。このほかTBS系列局不在地域の日本テレビ系列局(秋田放送・山形放送☆・北日本放送☆・福井放送・四国放送)でもネットされた年度もあった(☆は系列局開局に伴いTUYとTUTにそれぞれ移行)。
- 2016年大会のテレビ中継では、当時『S☆1』(TBSテレビ制作のスポーツ情報番組)でキャスターを務めていた小島瑠璃子を初めて「スペシャルナビゲーター」に起用。この大会が2016年リオデジャネイロパラリンピックのマラソン代表選考会を兼ねていたことから、視覚障害者部門の選手を追う「第3移動車」を初めて使用したほか、例年より放送時間枠を拡大したうえで視覚障害者部門の中継を組み込んだ。もっとも、視覚障害者女子の部で優勝した選手を取材していたTBSテレビの音声スタッフが、ゴール手前からコースに進入したうえで伴走者の音声を収録していたことが大会後に判明。大会事務局および、中継の幹事局であるRKBなどの許可を得ていなかったため、TBSテレビは大会翌日に謝罪文を公表した[25]。
- 新型コロナウイルス感染症流行の影響で大会が中止された2021年には、開催を予定していた2月7日の13:00 - 13:55に、RKBの単独制作で『ティモンディのやればできる!42.195~別府大分毎日マラソン特別編~』を全国ネットで放送。ティモンディ(高岸宏行・前田裕太)がMCを務めるとともに、開催がこの年の夏に延期されていた東京2020オリンピックの男子マラソン日本代表選手(中村匠吾、服部勇馬、大迫傑)や、中継で解説を担当する予定だった瀬古利彦、原晋、増田明美などがゲストで登場した。また、ティモンディによるマラソン日本記録体感企画などを放送した[26]。
第74回(2026年)の放送体制
[編集]第73回(2025年)の放送体制
[編集]第72回(2024年)の放送体制
[編集]第71回(2023年)の放送体制
[編集]第70回(2022年)の放送体制
[編集]- 放送センター
実況:茅野正昌(RKB毎日放送)
解説:瀬古利彦(日本陸上競技連盟ロードランニングコミッションリーダー)、原晋(青山学院大学陸上競技部長距離ブロック監督) - 第1移動車
実況:宮脇憲一(RKB毎日放送)
解説:大迫傑(東京2020オリンピックへの出場後から現役を一時退いていたが、出演翌日の2月6日から現役に復帰) - 第2移動車
実況:佐藤巧(RKB毎日放送) - 第3移動車
実況:小田崇之(大分放送) - バイクリポート
吉田諭司(大分放送) - スタートリポート
本田奈也花(RKB毎日放送)[注釈 8][27] - 競技場解説
坂口泰(中国電力陸上競技部総監督) - フィニッシュ実況
喜入友浩(TBSテレビ) - 競技場インタビュアー
甲斐蓉子(大分放送)
第69回(2020年)の放送体制
[編集]第68回(2019年)の放送体制
[編集]第67回(2018年)の放送体制
[編集]- 放送センター
実況:茅野正昌(RKB毎日放送)
解説:川嶋伸次(旭化成陸上部コーチ)
ゲスト解説:原晋(青山学院大学陸上部長距離ブロック監督) - 第1移動車
実況:宮脇憲一(RKB毎日放送)
解説:小島忠幸(旭化成陸上競技部ヘッドコーチ) - 第2移動車
実況:小田崇之(大分放送) - バイクリポート
吉田諭司(大分放送) - スタートリポート
山本恵里伽(TBSテレビ) - 競技場解説
坂口泰(中国電力陸上部総監督) - フィニッシュ実況
佐藤文康(TBSテレビ) - 競技場インタビュアー
飯倉寛子(大分放送)
第66回(2017年)の放送体制
[編集]第65回(2016年)の放送体制
[編集]- 放送センター
実況:茅野正昌(RKB毎日放送)
解説:川嶋伸次(旭化成陸上部コーチ)
ゲスト解説:増田明美(スポーツジャーナリスト) - 第1移動車
実況:櫻井浩二(RKB毎日放送)
解説:藤田敦史(駒澤大学陸上部コーチ) - 第2移動車
実況:伊藤隆佑(TBSテレビ)
解説:磯松大輔(コニカミノルタ陸上部監督) - 第3移動車
実況:宮脇憲一(RKB毎日放送) - バイクリポート
吉田諭司(大分放送) - スタートリポート
小林由未子(TBSテレビ) - 競技場ゲスト解説
坂口泰(中国電力陸上部監督)、安田享平(日本盲人マラソン協会理事) - フィニッシュ実況
土井敏之(TBSテレビ) - スペシャルナビゲーター・競技場インタビュアー
小島瑠璃子 - 制作協力
TBSテレビ、毎日放送、熊本放送、中国放送、テレビ山口、あいテレビ、長崎放送、宮崎放送、南日本放送、琉球放送
※太字はe-JNN加盟局(九州・沖縄ブロックのJNN局)の各社。
第64回(2015年)の放送体制
[編集]- 放送センター
実況:茅野正昌(RKB毎日放送)
解説:川嶋伸次(旭化成陸上部コーチ) - 第1移動車
実況:櫻井浩二(RKB毎日放送)
解説:藤田敦史(駒澤大学陸上部コーチ) - 第2移動車
実況:新タ悦男(TBSテレビ)
解説:磯松大輔(コニカミノルタ陸上部監督) - バイクリポート
吉田諭司(大分放送) - スタートリポート
小林由未子(TBSテレビ) - 競技場ゲスト解説
坂口泰(中国電力陸上部監督) - フィニッシュ実況
宮脇憲一(RKB毎日放送) - 競技場インタビュアー
三重野勝己(大分放送)
第63回(2014年)の放送体制
[編集]第62回(2013年)以前の中継に出演していた主なアナウンサー
[編集]最初に中継を実施した第28回(1979年)の担当者
[編集]- TBSテレビ
- RKB毎日放送
- 大分放送
第29回(1980年)から第62回(2013年)までの主な担当者
[編集]- TBSテレビ
ラジオ中継
[編集]ラジオ中継はテレビ中継よりも歴史が長く、1954年の第3回から[28] 2014年の第63回大会までNHKがラジオ第1で中継を行い、大分放送局がコースに放送車を出していた。
2010年代の中継では、ゴール地点の大分市営陸上競技場にNHKラジオ実況席を置き、大分放送本社に集めたオンエア用・第1中継車・第2中継車・第3中継車・各固定点の映像を放送席に送り、その画面を見ながら福岡放送局から派遣されたアナウンサーが実況を行っていた。
1955年の第4回大会から1978年の第27回大会までは、RKBラジオ・大分放送両ラジオの共同制作でも放送されていた。その後大分放送単独制作になり実況も同局のアナウンサーが行っていたが、2015年の第64回大会から再びRKB毎日放送・大分放送の2局ネットになる。なお、RKB毎日放送、大分放送両局での中継は、2022年まで福岡市に本社を置く健康食品などの通信販売会社・やずやの冠スポンサーによる「やずやスポーツスペシャル」として放送されていた。ラジオの実況中継はテレビ放送と同様に大分放送のスタジオに放送席を設け、実況アナウンサー・解説者はテレビ中継車からの映像を見ながら実況。さらにコース上からはバイクリポーター1名がリポートする形態となっている。
不祥事
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 1982年に大阪国際女子マラソン(当時は「大阪女子マラソン」)がスタートしている。
- ↑ 2020年大会まではマツダが大会公式車両として協力。
- ↑ 2024年の第62回延岡西日本マラソンで、伊福陽太が21歳1か月19日で最年少記録を更新。
- ↑ 5秒差の2位に入ったケニアのダニエル・キプチュンバも大会新記録。
- ↑ RKBとOBSは11:45 - 11:50に事前番組を別途放送。
- ↑ 基本はローカルセールス枠となり、2016年はRKB・OBS・TBSの3局で放送、2020年はこの3局に加え北海道放送(HBC)・青森テレビ(ATV)・IBC岩手放送・東北放送(tbc)・テレビユー福島(TUF)・新潟放送(BSN)・チューリップテレビ(TUT)・CBCテレビ・RSK山陽放送・中国放送(RCC)・あいテレビ(itv)・テレビ高知(KUTV)・長崎放送(NBC)・熊本放送(MRT)・宮崎放送(mrt)・琉球放送(RBC)の19局で放送。
- ↑ かつて(少なくとも2011年)はRSKも制作協力局に加わっていた。
- ↑ 当初は第69回大会(2020年)の中継に続いてTBSテレビの近藤夏子が担当する予定だったが、同局から中継に派遣される社員・スタッフ向けのPCR検査で、近藤に新型コロナウイルスへの感染が確認された。TBSテレビではこの時点で、スポーツ中継・ニュース担当のアナウンサーから4名を2022年北京オリンピック(第70回大会の当日に第4日の競技・種目(アイスホッケー女子予選・日本×中国とスキージャンプ男子ノーマルヒル決勝)の中継を実施)に派遣。他のアナウンサーからも、感染が確認される事態や、所轄の保健所から「(担当番組での共演後に感染が確認された人物の)濃厚接触者」に判定される可能性を踏まえて生放送番組への出演を見合わせる事態が相次いでいた。このような事情からTBSテレビではアナウンサーの派遣を(PCR検査で陰性が確認されているスポーツ担当の)喜入のみにとどめたため、RKBのアナウンサーから本田を急遽起用した。
出典
[編集]- ↑ 第70回別府大分毎日マラソン大会の1年延期について
- ↑ 別大毎日マラソンリモート大会|別大チャレンジ2021
- ↑ “別府大分毎日マラソン大会は規模を縮小します”. 別府大分毎日マラソン大会実行委員会. 2022年1月23日閲覧。
- 1 2 北海道年鑑1995年版 p378「折り返し点を間違え失格」北海道新聞社、1995年2月刊行、2016年2月10日閲覧
- ↑ 女性ランニング小史 - RUNNET(2022年8月7日閲覧)
- 1 2 高橋進 1983, pp. 223–224.
- ↑ 高橋進『マラソン百話』ベースボール・マガジン社、1997年10月、p.99及びp.189、ISBN 4-583-03443-1。
- 1 2 高橋進 1983, p. 231.
- ↑ 高橋進 1983, pp. 236–237.
- ↑ 別大マラソン:参加資格を大幅緩和、女子にも門戸開く - 毎日新聞 2010年10月6日
- 1 2 3 別大マラソン新コース 好記録を期待 - 大分合同新聞、2009年10月22日
- 1 2 別府大分毎日マラソン、来年からコースを大幅変更 - SANSPO.COM、2009年10月21日
- ↑ 社告:第59回別大毎日マラソン 来年2月7日、新コースで - 毎日jp(毎日新聞)
- ↑ “別大マラソンの歴史 | 別府大分毎日マラソン大会”. 別府大分毎日マラソン大会 | 別府大分毎日マラソン大会の公式サイト (2020年1月10日). 2024年2月5日閲覧。
- ↑ 門田、日本人最上位も世界選手権代表は…宗猛部長「厳しい」 - スポニチアネックス、2015年2月2日閲覧
- ↑ “別府大分毎日マラソン メラク・アベラ優勝”. 毎日新聞. (2016年2月7日) 2016年2月7日閲覧。
- 1 2 “34歳・中本、悲願のマラソン初優勝!別大毎日マラソン”. スポーツニッポン. (2017年2月5日) 2017年2月5日閲覧。
- 1 2 “園田隼、日本勢トップ2位でMGC出場権 別府大分毎日マラソン”. スポーツニッポン. (2018年2月4日) 2018年2月4日閲覧。
- 1 2 “二岡、橋本、岩田がMGC出場権/別大マラソン詳細”. 日刊スポーツ. (2019年2月3日) 2019年2月3日閲覧。
- ↑ “大会結果 第64回別府大分毎日マラソン大会”. キヤノン. 2016年2月6日閲覧。
- ↑ “第65回別府大分毎日マラソン大会 結果・記録”. 毎日新聞社 (2016年2月7日). 2017年2月6日閲覧。
- ↑ “別府大分毎日マラソン・上位成績”. サンケイスポーツ (2018年2月5日). 2018年2月8日閲覧。
- ↑ “第68回別府大分毎日マラソン大会 完走者記録速報”. 毎日新聞社 (2019年2月4日). 2019年9月8日閲覧。
- ↑ 『民放くらぶ』第77号(2005年3月号)「マラソン中継事始め」に詳述。執筆者の塩月清は、最初のテレビ中継でOBS側のTP(テクニカルプロデューサー)を務めていた。
- ↑ TBS謝罪 マラソン取材中コース内に進入 - スポニチアネックス、2016年2月9日掲載、2016年2月10日閲覧
- ↑ ティモンディのやればできる!42.195~別府大分毎日マラソン特別編~ RKB毎日放送
- ↑ “TBS近藤夏子アナがコロナ感染 木梨憲武がラジオで発表「連絡したら、びっくりして泣いておりました」”. スポーツニッポン (2022年2月5日). 2022年2月6日閲覧。
- ↑ 大分局のあゆみ NHK大分放送局
- ↑ “アフリカ選手に差別的表現…楽天・オコエ「俺らは我慢するだけ」”. Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社. (2019年2月16日) 2021年7月28日閲覧。
- ↑ 『第68回別府大分毎日マラソン大会 海外選手担当ボランティアの不適切記述について ご報告とお詫び』(PDF)(プレスリリース)別府大分毎日マラソン大会実行委員会、2019年2月15日。
参考文献
[編集]- 高橋進『輝け!女子マラソン』碩文社、1983年1月15日。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 別府大分毎日マラソン - 毎日新聞社