写研

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株式会社写研(しゃけん)は、東京都豊島区南大塚に本社を置く、写真植字機・専用組版システムの製造・開発書体制作およびその文字盤・専用フォント製品を販売する企業。創業者である石井茂吉の三女にあたる石井裕子(1926年9月28日生、90歳)が代表取締役社長を務める。

概要[編集]

同社の製品は、先進的なシステムと高品位書体により写植全盛期において圧倒的シェアを誇り、グラフィックデザイン出版分野における組版・書体のデファクトスタンダードとして、広告出版物からサイン映像分野にいたるまで幅広く使用された。また、同社の専用組版システムのこともDTPに対し、一般に写研システムなどと呼ばれる。

現在ではかつての地位は失われているものの、写研の系譜を受け継ぐものであることは一つのステータスとされる。たとえば平成丸ゴシック体が写研によるデザインであることや、鈴木勉(と字游工房)や今田欣一、小林章などの著名な書体デザイナーらが写研出身であることなどがよく語られる。

「正しい文字組みが保証された環境を維持したい」という会社の方針から、同社はフォントを単体では販売していない。このこともあってか近年は低コスト・効率化を実現するDTPシステムの発展・普及により、そのシェアを譲っている。写研の営業所の数やシステムの維持費などから対応するサービス・ビューロー(出力センター)も年々減少しつつある。なお2011年7月、写研が電子出版EXPOに出展し、フォント単体での販売を視野に入れていることが発表され(後述)、この状況は変わりつつある。

商業ベースの漫画ネームふきだし内の台詞)も写研書体が根強く用いられているが、これもDTPによる置き換えが進んでいる。

しかし、高い組版クオリティを要求する出版社などからは現在も支持されており、書籍などにはその使用例を見ることができる。

映像分野においても、かつてはテレビ番組に使用されるテロップも紙焼きや同社製電子テロップシステム (TELOMAIYER-C) などにより写研書体が使われることが多かったが、現在ではNHKTBSの一部の番組を除いては他社のシステム、フォント製品への移行も多く見られる。

1986年に道路標識令が改正され、これ以降に更新された標識は写研書体が事実上の標準として使われている場合が多い。一般道路においてはナールファミリーが、首都高速道路および阪神高速道路においてはゴナファミリーが基本として使用されているほか、その他の高速道路有料道路においても一部にゴナファミリーを使用した標識・表示類を散見する。ただし、首都高速道路においては標識・表示類のデザイン変更ならびに置き換えが進んでおり、置き換え後の標識・表示類にはモリサワ書体が採用されている。

2011年7月7日から開催された第15回国際電子出版EXPOにおいて、OpenType化した写研フォントを年内をめどにリリースすることが発表された。写研ブースでは、InDesigniPad上で写研フォントを表示するデモが行われた[1]。しかし、2016年現在、5年以上経過するも正式にリリースされる見込みは立っていない。

沿革[編集]

写研書体とその周辺[編集]

書体の開発[編集]

写研は、自社製品対応書体のほとんどを社内で設計開発した。活字に比べ写植文字盤は 1 書体あたりの専有面積が少ないため、字数が多い日本語でも多くの書体を扱うことが可能となった。そのため同社では積極的に新書体を開発し、また賞金 100 万円(第1回当時)の石井賞創作タイプフェイスコンテストというオリジナル書体開発のコンテスト(優秀書体は、同社から製品としてリリースされる)を設けてその開発を奨励した。創業者たる石井茂吉自らも「石井明朝体」や「石井ゴシック体」を制作したほか、ゴナスーボナール、ボカッシイなど、ユニークかつ完成度の高いデザイン書体が多く発表され、それらはDTPが普及した現在においても、写研の独自システムへのニーズに繋がっているともいわれている。

書体と技術[編集]

写研の説明によれば、美しい組版のためには文字(書体)と組版ソフトウェアを切り離すことはできないものであり、そのため同社はそれらを単体ではなくセットで提供するのだという。実際、書体のクオリティよりも組版プログラム・SAPCOL(後述)の存在ゆえに写研製品を支持するユーザーもいる。

また、一部のフォントには、縦組み専用・横組み専用のものがあり、それらは用途に合わせて文字デザインが調整されている。組み替え用の仮名フォントも数多く用意され、漢字書体との組み合わせにより、その表情にバリエーションを持たせることができる。

光学式印字
「写真植字」という通り、当初はガラスとフィルムでできた板に字母が陰像(ネガ、反転)印刷された文字盤が使用され、これに光線を当てることで透過した像(文字)を印画紙に焼き付ける仕組みであった。電算写植後期の製品はもはや DTP に近い専用電子組版機となっているが、初期のものはこの光学式印字をコンピュータにより電子的に制御するという原理であった。
タショニムコード
写研システムでは書体を「MMAOKL」「MNAG」などの、アルファベット数文字の記号で指定する。このコードを「タショニムコード」という。「多書体をニモニック化してコードで分類したもの」がそのネーミングの由来。一見複雑だが、基本的に明朝= M や、ゴシック= G などの略語表記と、それぞれのフォントファミリーにおけるウェイト(文字の太さ)、仮名のスタイル(NKS = ニュースタイルかなスモール、OKL = オールドスタイル[築地体ベース]かなラージ)などで構成されるため、規則性を理解すれば直感的に把握しやすい。
組版単位
「級 (Q)」や「歯 (H)」といった写研が考案した組版単位。同社の社史によれば、1Q = 0.25(4分の1 : Quarter)mm であることから「Q」表記が正しく、むしろ「級」は当て字であるという。一方「歯」は、写植機の送り用歯車の 1 歯がやはり 0.25mm であることから名付けられた(写真植字機も参照)。
デジタルフォント
光学式印字では印字速度に限界があるため、データとして蓄積しておいたフォントを焼き付ける方式になった。当初は精密ビットマップフォントが使用された。現在の写研マシンでは、DTP 同様に、文字の輪郭情報を利用したアウトラインフォントが使用されている。これはCフォントという独自形式で格納される。文字コードは独自の SK コード(SK72 / 78 の 2 種。違いは同一コード間でのグリフの違い)で管理され約 2 万字を包括する。
Cフォント
写研の独自形式のアウトラインフォント。Windows NT 上で動作する専用組版システム Singis(シンギス)には IllustratorPhotoshop もインストールされているが、写研のアプリケーション以外からCフォントを使用することはできない。詳細はCフォントを参照。
SAPCOL
写研機の内部で動いている SAPCOL(サプコル)と呼ばれるページ記述言語は、日本語組版に最適化されたもので、出版社ごとに異なる複雑な組版規則(ハウスルール)にも対応できる。1969年にミニコン上で編集処理をするために作られたソフトウェアをSAPCOLと名づけた。その後30年にわたって独自の進化を遂げてきたプログラムであり、前掲のような SAPCOL 支持者はこれを「究極の組版プログラム」と呼ぶ。DTP で主流を占める PostScript はその名の通り、データの後に命令を記述する形式だが、SAPCOL はそれと異なり「ファンクションコード」というコマンド文字で組版情報を設定し、テキストデータと混在させるというマークアップ方式となっている。ただし、プログラム言語に不可欠な繰り返し処理や変数 / 関数定義などの機能は持っておらず(前述の PostScript では実装されている)、任意の値を相対的に変化することはできない。この点では SAPCOL は柔軟性に欠け、手作業に代わってパーソナルコンピュータなどでファンクションコードを自動挿入するプログラムを組む例がよく見られる。
システムの独自性
写研の現用電算写植システムは、そのほとんどが独自仕様であり、DTP システムとはデータの互換性がほとんどない。
写研コンバータ
これは同社の製品ではないが、他社製の電算写植や DTP データを写研の出力機で印字できる形式に変換するソフトウェア。写研書体に対する需要が高かったため、出力にだけは写研システムを使う、という需要から発生した。ある意味では他社製システム全体を仮想フォント環境にしてしまうシステムと言える。現在 DTP において多用される QuarkXPress にも、XTension としてコンバータが存在する。

代表的な製品[編集]

和文書体[編集]

写研の和文書体の発売年表(2001年の書体見本帳より)。なお、書体名は2001年時点の呼称。当初、本蘭明朝Lは「本蘭細明朝」ファミリー展開前は、ゴナUはゴナ、創挙蘭(現在の創挙蘭E)などはウェイト表示のないものとしてリリースされた。

  • 1932年 - 石井太ゴシック、石井楷書
  • 1933年 - 石井中明朝
  • 1937年 - 石井ファンテール
  • 1951年 - 石井細明朝
  • 1954年 - 石井中ゴシック
  • 1956年 - 石井中丸ゴシック
  • 1958年 - 石井細丸ゴシック、石井太丸ゴシック、石井中教科書
  • 1959年 - 石井太明朝、石井横太明朝、石井太教科書
  • 1960年 - 石井特太明朝、石井細教科書
  • 1961年 - 石井特太ゴシック
  • 1964年 - 新聞特太明朝、新聞特太ゴシック
  • 1967年 - 岩田新聞明朝(岩田母型製造原字提供)
  • 1968年 - 岩田細明朝、岩田太ゴシック(岩田母型製造原字提供)
  • 1970年 - 石井中太ゴシック、岩田新聞ゴシック(岩田母型製造原字提供)
  • 1972年 - 曽蘭隷書、ファニー
  • 1973年 - ナール
  • 1974年 - スーボ、ナールD
  • 1975年 - 本蘭明朝L、大蘭明朝、石井新細ゴシック、ゴナU、ナールL、ナールM、ナールO、岩蔭行書
  • 1976年 - スーボO
  • 1977年 - ナールE
  • 1979年 - ゴナE、ゴナO、スーシャL、スーシャB、淡古印
  • 1981年 - 秀英明朝(大日本印刷原字提供)、石井中太ゴシックL、ゴナOS、ゴーシャE、ファン蘭B、けんじ勘亭
  • 1982年 - ゴーシャO、ゴーシャOS、ファン蘭O、ファン蘭OS、イナブラシュ
  • 1983年 - ゴナL、ゴナM、ゴナD、ゴナDB、ゴナB、ファン蘭E、ボカッシィG、岩陰太行書、ナカフリーL、ナカフリーB、イノフリー
  • 1984年 - スーボOS、織田特太楷書、イダシェ
  • 1985年 - 本蘭明朝M、本蘭明朝D、本蘭明朝DB、本蘭明朝B、本蘭明朝E、本蘭明朝H、ゴナH、ゴナIN、ミンカール、カソゴL、紅蘭細楷書、紅蘭中楷書、茅楷書、茅行書、織田勘亭流、鈴江戸、イナひげ、イボテ、ナミン
  • 1987年 - ナールDB、創挙蘭E、ナーカン
  • 1989年 - ゴーシャU、曽蘭太隷書、イナクズレ、イナミンE、いまりゅうD
  • 1991年 - キッラミン、けんじ隷書、ナカゴしゃれ、ナカミンダB-S、ナカミンダB-I
  • 1993年 - 爽蘭明朝、創挙蘭L、創挙蘭M、創挙蘭B、今宋M、イナピエロM、イナピエロB、イナピエロU-S
  • 1995年 - ナールH、ナールU、いまぎょうD
  • 1996年 - 石井中少太教科書、石井中太教科書
  • 1997年 - ゴカールE、ゴカールH、ゴカールU、スーシャH、横太スーシャU、ゴーシャM、はせフリーミンB、はせフリーミンE、はせフリーミンH、紅蘭太楷書、紅蘭特太楷書、田行書、けんじ特太隷書、ナカミンダM-S、ゴナラインU
  • 2000年 - 本蘭ゴシックL、本蘭ゴシックM、本蘭ゴシックD、本蘭ゴシックDB、本蘭ゴシックB、本蘭ゴシックE、本蘭ゴシックH、本蘭ゴシックU、イダサインM

編集・組版機[編集]

SPICA
PAVO よりも小型・安価な手動写植機。1963年発表。アパートや借家でも設置可能で、自宅の一室を写植屋として開業するのに重宝した。後にマイコン搭載型も登場。万能型の他にテロップ作成専用機なども作られた。乙女座の一等星スピカより名付けられた。
PAVO
ラテン語でクジャクを意味する万能型手動写植機。1969年発表。後にマイコン搭載型も登場。
SAZANNA
かつては入力専用端末だった。「一寸ノ巾」に従ったマルチストロークキーボードを搭載。漢字 / 仮名 / 約物はもちろん、SAPCOL のコマンド文字(「ファンクション」とも呼ばれた)も直接入力可能。仮想フォントながらも、CRT 画面上で組み体裁が確認できるようになった。また、「ページ16」というオプションソフトを導入することで、最大 16 ページのレイアウト作業も可能になった(これは下記の GRAF にも移植される)。
SAIVERT
印画紙出力と同じ書体で画面表示を行い、ほぼ WYSIWYG を実現。ページ物向きとされた SAIVERT-S と SAIVERT-P、デュアルモノクロディスプレイ(各々レイアウト画面とテキスト画面に割り当てられた)でチラシなどの「端物(はもの)」を主に扱う(単ページしか組版できない)SAIVERT-H がある。「H」は手動写植機のような位置付けで、JQ レンズを利用したような微妙なサイズ調整 / 変形調整(10%ステップでしか利用できない通常の文字変形に対し、自動で調整する際に限り端数を持った変形率が利用できた)機能をもつ。
GRAF
SAZANNA の後継機。PC 用キーボードを採用したためワープロからの転向が容易とされたが、SAZANNA 利用者からは SAPCOL のコマンド文字や特殊な漢字を直接入力できないという不満の声もあった。SAZANNA では 16 ページまでしか作成できなかった「ページ16」は、オプションにより 70 ページまで組版することが可能になった。MS-DOS をインストールした AT 互換機を採用している。
SAMPRAS-C
日立のワークステーションで稼動する WYSIWYG レイアウトアプリケーション。SAIVERT-P をリアルフォント表示対応にしたうえでカラー機能が付加されているともいえる。画像取り込み / カラー出力にも対応(双方とも「IMERGE(イマージ)」という端末を別途導入しないと利用が出来ない)。サッミズ (RIP) を介して PDF 等への出力もできる。
Singis
カラー対応、多ページ対応。メイン 21 インチ CRT ディスプレイのほかに、パレット類の表示用の液晶ディスプレイを標準装備する。写研機ではじめて一般的な PC/AT 互換機をベースマシンとして採用し、Windows NT 上で動作するソフトウェアとなった。Adobe Systems 社の「DTP ソフト」である Illustrator や Photoshop も搭載している。
TELOMAIYER
テロップ制作用装置として開発。文字盤を用いる「TG」、PC-9800シリーズ上で稼動し、感熱紙プリンタ・スキャナが接続可能な「C」、日立製ワークステーション(Windows NTバージョン も開発か)で稼動する「C1」、HD 出力に対応した「C1 HD」などのシリーズがある。
また、このシステムを応用して道路標識製作用に改良されたものも存在する(ベースは「C」)。
なお、「C」では文字盤の代わりとして「Cフォント」を、「C1」では「タショニムフォント」を使用していた。

出力機・サーバ[編集]

  • SAPTON - 1969年発表、ミニコンピュータ PDP-8 による日本初の全自動写植機[2]
  • SAPTRON
  • SAPLS
  • SAGOMES - 校正用モノクロプリンタ
  • A-color - 校正用カラープリンタ。富士ゼロックス製。DTP においてもカラー校正紙のことを「A-color」と呼ぶ人も多い
  • RETTON
  • IMERGE - データサーバ。幾人ものオペレータが協調動作するワークフローに必須。EPS ファイルをインポートする場合などにも使用できる。

写研製品の命名の由来[編集]

一部製品の名称はテニス選手の名前が由来とされる。

脚注[編集]

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  1. ^ Macお宝鑑定団Blogより
  2. ^ 小野沢賢三 (2007年6月). “電算写植システムの開発(その1)、編集組版ソフトウェア「SAPCOL」の開発”. 日本印刷技術協会. 2009年7月16日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]