円明院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

円明院(えんみょういん、万治3年(1660年) - 元禄2年11月23日1690年1月3日))は、江戸時代の女性で、4代将軍・徳川家綱側室。俗名は満流(まる)。父は佐脇安清

生涯[編集]

大奥に入った経緯は不明である。家綱は側室・お振の方を亡くし、満流を寵愛したと云われている。延宝6年(1678年)に家綱の子を懐胎したが、月足らずの流産に終わってしまう。

その後は懐妊することなく、延宝8年(1680年)に家綱が死去した後には尼となった。元禄2年11月23日1690年1月3日)に没する。享年30。戒名は円明院智本心鏡沙弥尼。墓所は東京都新宿区天龍寺

参考文献[編集]