円周率は3

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円周率は3(えんしゅうりつはさん)とは、2002年度実施の小学校学習指導要領の改訂にともなって、日本算数教育の現場で巻き起こった懸念や誤解を象徴するフレーズである[注釈 1]

1998年(平成10年)12月公示、2002年度実施の学習指導要領において小数乗算の桁数制限などで規程が変わったため、手計算では円周率を3として計算させざるを得ないという問題が起こった[5][6][7]。「円周率は3.14」で教えることに変わりはなく電卓では3.14で計算できたものの、手計算の問題や「目的に応じて3を用いて処理」という記述が誤解され、ゆとり教育の象徴として「円周率は3」で教えることになったとの誤報が広まってしまった[8][9][10][3]。この誤解はなかなか解消されなかった[10][11][12]

概要[編集]

いわゆる「ゆとり教育」の一環として掛け算や割り算や小数点の算数の学習内容が削減される一方で算数の学習の段階から計算機の使用が許可されるようになった。一方でゆとり教育においては学習内容は削減されているにもかかわらず学習分野は削減しないままであるため、生徒が小数点による乗法や除法を習っていない段階で幾何学の学習が導入されようになり、このため幾何学における円の周の長さや面積の手計算には円周率の概数として3.14ではなく3を授業で使用せざるを得ない状態に陥った[13][14][15]

そんな折、1999年秋に学習塾大手の日能研が『ウッソー!?円の面積を求める公式 半径×半径×3!?』、『円周率を3.14ではなく、「およそ3」として円の求積計算を行います』と書かれた広告を首都圏の通勤電車の中に大量に張り出すなどして大々的なキャンペーンを行った[3]。マスコミもこれをおおいに取り上げ、「ゆとり教育(2002年度からの学習指導要領以降)」になった結果、「円周率=3」が誤解として「円周率は3と教えることになった」(正確には「手計算においては円周率を3として教えることになった」)ということがゆとり教育を(否定的に)象徴するものとして、社会に広く認識されることとなった[16][17]

学力低下やゆとり教育への批判として、「円周率は3」は週刊誌[18][19]や月刊誌[2][20]、数学関係の雑誌[1][4]などでも盛んに取り上げられた。学校ドラマで数学教師が「円周率は3ではない」と嘆くシーンが放映されるなど[21]、フィクションで扱われることもあった[22][23]。この誤解はなかなか解消されなかった[11][12][17]

問題の詳細[編集]

「目的に応じて3」の導入[編集]

学習指導要領はあくまでも目安として始められたものであるが、ある時期から法的拘束力を持つとされるようになった[24]。またこれに加えて「過不足なく教えなければいけない」という、いわゆる「歯止め規定」も存在した[25]。ところがこの規定を厳密に取ると、円の円周面積の求め方についての導入学習(ある単元の最初期に手始めとして行う学習)において、およその数としての円周や円の面積を求めるのに「円周率を(暫定的に)3で計算」するという教え方をした場合に学習指導要領を逸脱しているとされるおそれがあった。

このため1989年の学習指導要領の改訂時(小学校では1992年度実施)において「目的に応じて3を用いて処理」という記述が加えられ、これは1998年の改訂時(小学校では2002年度実施)にもこの記述は引き継がれた。

内容の「B量と測定」の(1)のウ及び「C図形」の(1)のエについては、円周率としては3.14を用いるが、目的に応じて3を用いて処理できるよう配慮する必要がある。

平成元年公示学習指導要領[10]

内容の「B量と測定」の(1)のイ及び「C図形」の(1)のエについては、円周率としては3.14を用いるが、目的に応じて3を用いて処理できるよう配慮するものとする。

平成10年度告示・平成14年度施行の小学校学習指導要領第2章 第3節「算数」第5学年「3 内容の取扱い」(4)[10]

なお、「目的に応じて3を用いて処理」には

  • 見積もりをしたい場合に、3で素早く計算する[26]
  • 最初から小数点以下の計算をせず、3でだいたいのアタリを付けて計算間違いをしにくくする。
  • 円に近い形状のものに対して周長や面積を概算したいときに、円周率を3として円周や円の面積の計算を行う[10]

といったケースが想定され、状況・用途に応じて適切な判断・処理ができる能力の育成を期待している[10]という解釈もある。

1998年改訂指導要領の問題点[編集]

いわゆる「ゆとり教育」の一環として掛け算や割り算や小数点の算数の学習内容が削減される一方で算数の学習の段階から計算機の使用が許可されるようになった。一方でゆとり教育においては学習内容は削減されているにもかかわらず学習分野は削減しないままであるため、生徒が小数点による乗法や除法を習っていない段階で幾何学の学習が導入されようになり、このため幾何学における円の周の長さや面積の手計算には円周率の概数として3.14ではなく3を授業で使用せざるを得ない状態に陥った[14][27][28]

手計算で3.14を掛けることができない理由としては、2002年度実施の指導要領における乗法の指導については「2位数×2位数」および「3位数×1位数」までを扱うこととしており(2001年度までは、「3位数×3位数」まで学習していた)、乗法の筆算に関する内容が軽減されていること、および、小数の乗法については小数第一位まで扱えばよくなったため、3.14という数を掛けることは学習指導要領の最低基準から外れることが理由として挙げられる[14][29]

また、従来の指導要領で5年生からであった電卓の使用が4年生から可能になっており[13][30][31][32]、電卓を用いると3.14による計算が可能であった[13]

「円周率およそ3」という誤解[編集]

そんな折、1999年秋に学習塾大手の日能研

ウッソー!? 円の面積を求める公式 半径×半径×3!?
2002年、小学5年生は円周率を3.14ではなく、「およそ3」として円の求積計算を行います。ホントです。

日能研、1999年秋、チラシ・ポスター[3]

と書かれた広告を首都圏で大々的なキャンペーンを行い[3]、マスコミもこれをおおいに取り上げた[33]。これにより、正確には「手計算においては円周率を3として教えることになった」にも関わらず、

ゆとり教育(2002年度からの学習指導要領以降)になった結果、円周率は3と教えることになった

ということがゆとり教育を(否定的に)象徴するものとして、社会に広く認識されることとなった[3][12][16][34]

文言の消滅[編集]

2003年2月23日の中央教育審議会二答申において、学力重視路線が打ち出される[31]2003年12月に学習指導要領の一部改正が行われて「過不足なく教えなければいけない」という歯止め規定が撤廃され、必要に応じて指導要領に書かれている内容以上の内容(=発展的記述)を教えても良いという最低基準に変更された[35][36]

その後に2008年2月15日に、文部科学省は教育基本法全面改正後初となる新学習指導要領(小学校は2011年度施行)を公表、はどめ規程についても完全撤廃された[37][38]。学習内容が増加した結果、円周率を使う段階までに小数点の計算の学習が行われる内容になっており、円周率に関する項については「円周率は3.14とする」とだけ記述しており、「目的に応じて3を用いる」という記述が削除された[39]。また、円周率に関する項についても移行措置先行実施の適用対象とされたため、「目的に応じて3を用いて処理」という指導は2009年の移行措置実施とともに廃止された[要出典]

2008年の新学習指導要領が「脱ゆとり教育」と認識されたため、「目的に応じて3」の記述の削除はそれを表す象徴的なものとしてとらえられている[要出典]

社会的な影響[編集]

理数系・教育関係者への影響[編集]

円周率3の問題は、数学関係の雑誌[1][4]や各種学術誌[31][40]でも取り上げられた。この誤解はなかなか解消されず、教育関係者でも誤解が多かった[10]。このような状況に対して神永正博は自著の中で、自身やまわりの教員が小学校の学習指導要領を調べるまで「ゆとり教育は円周率を3と教えるおろかな改革だ」と信じ込んでいたという事実を告白しつつ、「自分で納得いくまで調べてきなさい、などといっている教師がこれでは、教育改革以前の問題だろう」と自虐的に結んでいる[41]

なお、円周率をおよそ3として扱う問題点として、様々な指摘がなされた。円周率は無理数であるので、正確には3でも3.14でもない。後者の方がより正確(有効数字はそれぞれ1ケタと3ケタ)であるが両方とも概数である。よって手順の学習においては前者と後者は基本的に同等であるが、概算の精度においては明確な差が存在する[42]。円周率を3として計算する場合、円とそれに内接する正六角形で周長が同一になってしまうこと[42]、直径10cmの円の円周の場合誤差が1.4cmになってしまうこと[43]、などが指摘された。

また、有効数字の観点から、円周率を3で扱うことに妥当性があること、無駄に「.14」を付ける危険性も指摘されている[44][10]

世間一般への影響[編集]

日能研のキャンペーンをマスコミが取り上げた頃、学校ドラマでも数学教師が「円周率は3ではない」と嘆くシーンが放映されるなど、反響は大きかった[21]。さらに週刊誌[18][19][45]や月刊誌[2][20]などでも盛んに取り上げられ、公立学校の教育に対する不信感を煽る結果になった[3]

また、小説の中で切り捨てられた小数点以下を『0.14の悲劇』として紹介する場面が登場したり[22]、テレビのコントで「円周率は3でOK」を決め台詞としたキャラが登場[要出典][注釈 2]、さらにはゆとり世代を題材にしたアニメにおいても、主題歌に「3.1415 円周率およそ3」というフレーズが入る[23]など、世間一般への浸透は大きかった。

円周率を3と教えることの誤解は2013年のテレビ番組でも池上彰が指摘しており、番組内でマツコデラックスが驚いていた(ただし、乗算における桁数制限や電卓の問題は十分説明されなかった)[12][46]

入試問題への影響[編集]

2003年東京大学理系前期の第6問に「円周率が3.05より大きいことを証明せよ」という問題が出題され、「円周率を3として教える」という政府の姿勢に反対するというメッセージ性のある問題として有名となった。非常に短く、シンプルでありながら、強いメッセージ性をもつ良問としてたびたび引用されている[47][48][49][注釈 3]

解答例
まず、直径 1 の円 C と、円 C に内接する正12角形を考える。半径 r の円の円周の長さは 2πr なので、半径が 1/2 である円 C の円周の長さ l
となる。また、円 C に内接する正12角形の辺の長さを L とすると
であり、L を2乗すると
となる。よって、正12角形の辺の長さ L は 3.05 よりも大きい。円に内接する正12角形の辺の長さ L よりも円 C の円周の長さ l の方が大きいことから
となる。すなわち
である。(証明終)

上記の解法では円周率が 3.05 よりも大きいことを正12角形を用いて証明した。この問題を考えることにより、例えば、円周率を 3 として扱うと、円に内接する正6角形の周長の、直径に対する比率 3 と等しくなってしまうことがわかる[50][51]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 「円周率3」[1][2]や円周率「およそ3」[3][4]というフレーズの場合もある。
  2. ^ テレビのお笑い番組「ピカルの定理」(フジテレビ系列)では「のびのび戦士 ユトリンジャー」というコントが放送され、「円周率は3でOK」が決め台詞のユトリブルーというキャラがいた[要出典]
  3. ^ Z会による東大数学へのアプローチ』(PDF)、7頁。においても、東大理系の入試問題の性質を説明するためにこの問題が紹介されている。

出典[編集]

  1. ^ a b c 曽我昇平「円周率「3」の子どもたち (特集 数学物語if)」、『数学セミナー』第40巻第1号、2001年1月、 23-27頁、 NAID 40004890952
  2. ^ a b c 細野真宏「「円周率3」時代の勉強法 (教育再生 私の提言 親たちよ!教師たちよ! -建前だけの議論はもう沢山。今こそ自らの体験に基づいた本音の教育論を語る時だ)」、『文芸春秋』第79巻第3号、2001年3月、 156-160頁、 NAID 40003428389
  3. ^ a b c d e f g 朝日新聞 2012.
  4. ^ a b c 山下純一「入試問題からの旅立ち/円周率は「およそ3」」、『理系への数学』第34巻第7号、2001年7月、 81-85頁。
  5. ^ 関沢正躬 2000, pp. 8-9.
  6. ^ 黒木哲徳 2001, p. 25.
  7. ^ 大西俊弘 2002, p. 18.
  8. ^ 関沢正躬 2000, p. 9.
  9. ^ 大西俊弘 2002, p. 14.
  10. ^ a b c d e f g h 木村寛治 2004, p. 138.
  11. ^ a b 神永正博 2008.
  12. ^ a b c d 池上彰 2013.
  13. ^ a b c 大西俊弘 2002.
  14. ^ a b c 関沢正躬 2000.
  15. ^ 黒木哲徳 2001.
  16. ^ a b “「総合学習」進化する塾”. msn産経ニュース. http://sankei.jp.msn.com/life/education/080218/edc0802182202000-n1.htm [リンク切れ]
  17. ^ a b 木村寛治 2004.
  18. ^ a b 「円周率はちゃんと「3.14」と教えろ (ワイド特集 オレの暴言オレの暴論)」、『週刊新潮』第46巻第16号、2001年4月、 p.48-49、 NAID 40001694884
  19. ^ a b 「新学習指導要領で 「円周率は3」「必須英単語は100個」日本の生徒がバカになる!?」、『週刊文春』第42巻第9号、2000年3月、 35-37頁、 NAID 40001711022
  20. ^ a b 「緊急特集 円周率=3の教育システムは、吉と出るか凶と出るか 「ゆとり教育」開始!わが子はどうなる」、『プレジデント』第40巻第7号、2002年4月、 133-142頁、 NAID 40003378735
  21. ^ a b 3年B組金八先生第5シリーズ(1999年10月14日 - 2000年3月30日)
  22. ^ a b 西尾維新 『サイコロジカル』〈戯言シリーズ〉、2002年11月5日
  23. ^ a b ゆとりちゃん」主題歌『ゆとりのゆとり』(フルバージョンの1:34~39)、作詞:yozuca*、2010年4月21日リリース、レーベル:Lantis (LACM-4716)
  24. ^ 伝習舘高校事件・最高裁判所第一小法廷判決・平成2年1月18日」、『民集』第44巻第1号、 1頁。
  25. ^ 西日本新聞「歯止め規定」[リンク切れ]
  26. ^ Q「円周率は3」で教えていると聞きましたが、本当ですか。”. 文部科学省. 2014年2月26日閲覧。
  27. ^ 黒木哲徳 2001, pp. 25-26.
  28. ^ 鴨志田英樹「ロボットを通した実学―教育とロボットの融合―」、『日本ロボット学会誌』第25巻第1号、2007年、 57-59頁。
  29. ^ 黒木哲徳 2001, pp. 20-24.
  30. ^ 黒木哲徳 2001, pp. 24-25.
  31. ^ a b c 原田昭治「大学が目指す及び企業が求める技術者教育地殻変動する教育環境と今後の産学連携」、『工学教育』第51巻第3号、2003年、 9-17頁。
  32. ^ 西村宏太「(卒業論文要約)小学校算数科教育における計算指導-電卓の利用のあり方- (PDF) 」 、『鳥取大学数学教育研究』第7号、2005年
  33. ^ 本田由紀「90年代におけるカリキュラムと学力」、『教育社会学研究』第70巻、2002年、 105-123頁。
  34. ^ 木村寛治 2005.
  35. ^ 文部科学事務次官 御手洗康. “小学校、中学校、高等学校等の学習指導要領の一部改正等について(通知)15文科初第923号 平成15年12月26日”. 文部科学省. 2014年3月1日閲覧。
  36. ^ 板谷裕子「医学教育概説-教育評価とその運用-」、『岡山医学会雑誌』第116巻第1号、2004年、 29-38頁。
  37. ^ 初等中等教育局教科書課. “新学習指導要領における、いわゆる「はどめ規定」について”. 文部科学省. 2014年2月26日閲覧。
  38. ^ 鵜澤武俊、文有彬「環境教育に有用な電気泳動を用いたDNA検出法の開発」、『環境技術』第43巻第5号、2014年、 286-292頁。
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  40. ^ 霍見芳浩、高田博和「インタビュー」、『経営行動科学』第18巻第2号、2005年、 157-174頁。
  41. ^ 神永正博 2008, pp. 19-20.
  42. ^ a b 藤原正彦 『祖国とは国語』 新潮社〈新潮文庫〉、2005年12月、55-56頁。ISBN 978-4101248080
  43. ^ 大西俊弘 2002, p. 26.
  44. ^ 熊谷正朗身の回りに見つけるメカトロ雑学-「円周率は3」と有効数字-」、『プラントエンジニア』第45巻第9号、2013年9月、 74-75頁、 NAID 120005592883
  45. ^ 「それでも聞きたい「円周率」はやっぱり「3」で教える? (ワイド特集 聞き捨てならない話の数々)」、『週刊朝日』第106巻第21号、2001年5月、 182-183頁、 NAID 40001687037
  46. ^ 池上×マツコ ニュースな話 2013年4月4日放送 19:00-21:48 テレビ朝日”. 2014年8月30日閲覧。
  47. ^ 国立大学法人化の衝撃と私大の挑戦』 早田幸政 編集、清成忠男 監修、金沢大学大学教育開発支援センター 企画、エイデル研究所、2005年3月、249頁。ISBN 978-4871683845[1]
  48. ^ 安田亨 『入試数学 伝説の良問100 -良い問題で良い解法を学ぶ-』〈ブルーバックス〉、2003年4月ISBN 978-4062574075
  49. ^ 京極一樹 『東大入試問題で数学的思考を磨く本』 アーク出版、2013年8月、12頁。ISBN 978-4-86059-130-4
  50. ^ 三田紀房ドラゴン桜』10、講談社、2005年9月。ISBN 978-4063724660
  51. ^ あなたにも解ける東大数学入試問題 1.1 円周率とは何か”. 京極一樹の東大数学. 京極一樹の数学塾. 2014年10月23日閲覧。

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参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]