内野駅 (福島県)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
内野駅
うつの
UTSUNO
白津 (1.3km)
(1.2km) 会津下館
所在地 福島県耶麻郡猪苗代町八幡
所属事業者 磐梯急行電鉄
所属路線 磐梯急行電鉄線
キロ程 2.4km(川桁起点)
駅構造 地上駅
ホーム なし(1線)
開業年月日 1927年(昭和2年)
廃止年月日 1969年(昭和44年)3月27日
備考 磐梯急行電鉄線廃線に伴い廃駅
テンプレートを表示

内野駅(うつのえき)は、福島県耶麻郡猪苗代町八幡にあった磐梯急行電鉄(旧・日本硫黄沼尻鉄道部)の廃駅)である。磐梯急行電鉄線の廃線に伴い1969年(昭和44年)3月27日に廃駅となった。

概要[編集]

昭和に入ってからの、沿線住民へのサービスの一環として新規開業した駅の一つ[1]であり、正式には内野停留場であった[1][2]

当駅は、川桁駅 - 当駅間の、未舗装県道との併用軌道が終わり、専用軌道に入った位置に存在した[3]

歴史[編集]

  • 1927年昭和2年)[注 1] - 日本硫黄耶麻軌道部川桁駅 - 会津下館駅間に新設開業。
  • 1945年(昭和20年)1月1日 - 路線名を日本硫黄沼尻鉄道部に改称。それに伴い同線の駅となる。
  • 1964年(昭和39年)6月1日 - 鉄道会社名を日本硫黄観光に改称。それに伴い同鉄道の駅となる。
  • 1967年(昭和42年)8月1日 - 鉄道会社名を磐梯急行電鉄に改称。それに伴い同鉄道の駅となる。
  • 1968年(昭和43年)10月14日 - 会社倒産による磐梯急行電鉄線の営業休止に伴い休止駅となる。
  • 1969年(昭和44年)3月27日 - 磐梯急行電鉄線の廃線に伴い廃止となる。

駅構造[編集]

廃止時点で、1線を有する地上駅であった[4]プラットホームは存在せず、乗客は地面から直接乗降した[4]転轍機を持たない棒線駅となっていた[4]

開業時からの無人駅となっていた[1]。駅舎はないが、線路の西側(沼尻方面に向かって左手側)に開放型で片流れ屋根の小さな待合所を有していた[4]

駅周辺[編集]

農業用のため池の脇に位置した[3][4]。沿線風景は磐梯山を背景に絶景が続いた[5]。 長瀬小学校 - 当駅所在地が入口になっていた[5]

駅跡[編集]

1996年(平成8年)時点では、駅跡は消滅していた[6]。その後、2007年(平成19年)5月時点では駅跡地に「なつかしの沼尻軽便鉄道を訪ねて」と記載され、駅の説明文と現役時代の写真が付いた、駅名標を模した案内板が建てられていた[7]。2010年(平成22年)4月時点でも同様であった[8][9]

併用軌道上の線路跡は県道323号線に取り込まれていた[7]

隣の駅[編集]

磐梯急行電鉄
磐梯急行電鉄線
白津駅 - 内野駅 - 会津下館駅

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 新設届日は6月20日[1]

出典[編集]

  1. ^ a b c d 書籍『RM LIBRARY 113 日本硫黄沼尻鉄道部(上)』(著:青木栄一ネコ・パブリッシング、2009年1月発行)20ページより。
  2. ^ 書籍『新 消えた轍 3 東北』(著:寺田裕一、ネコ・パブリッシング、2010年8月発行)101ページより。
  3. ^ a b 『新 消えた轍 3』102ページより。
  4. ^ a b c d e 『RM LIBRARY 113』30ページより。
  5. ^ a b 書籍『写真でつづる 懐かしの沼尻軽便鉄道』(編:『懐かしの沼尻軽便鉄道』編集委員会、歴史春秋出版、2000年2月発行)117ページより。
  6. ^ 書籍『鉄道廃線跡を歩くII』(JTBパブリッシング、1996年9月発行)41ページより。
  7. ^ a b 書籍『私鉄の廃線跡を歩くI 北海道・東北編』(著:寺田裕一、JTBパブリッシング、2007年9月発行)47-49ページより。
  8. ^ 『新 消えた轍 3』108-109ページより。
  9. ^ 書籍『新 鉄道廃線跡を歩く2 南東北・関東編』(JTBパブリッシング、2010年4月発行)68ページより。

関連項目[編集]