内沼 (新潟市)

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内沼
内沼の位置(新潟市内)
内沼
内沼
内沼の位置
内沼の位置(新潟県内)
内沼
内沼
内沼の位置
北緯37度53分31.23秒 東経139度12分49.94秒 / 北緯37.8920083度 東経139.2138722度 / 37.8920083; 139.2138722
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Niigata Prefecture.svg 新潟県
市町村 Flag of Niigata, Niigata.svg 新潟市
北区
人口
2018年(平成30年)1月31日現在)[1]
 • 合計 608人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
950-3333[2]
市外局番 025 (新潟MA)[3]
ナンバープレート 新潟

内沼(うちぬま)は、新潟県新潟市北区町字郵便番号は950-3333[2]

概要[編集]

1889年(明治22年)から現在の大字。駒林川流域の自然堤防および福島潟低湿地に位置する[4]

もとは江戸時代から1889年(明治22年)まであった内沼村の区域の一部[4]

駒林川右岸の市道新鼻・新鼻甲・内沼線沿いの「内沼」[5][6]、と県道55号・大通川沿いの「内沼沖」の2自治会で構成している。

隣接する町字[編集]

北から東回り順に、以下の町字と隣接する。

歴史[編集]

幕末までに成立[4]

編入した村・新田[編集]

内沼新田地先(うちぬましんでんちさき)
明治初年の村名。駒林川右岸に位置し、内沼新田の地先に成立。1882年(明治15年)までに内沼村の一部となる[4]
内沼新村(うちぬましんむら)
1883年(明治16年)から1888年(明治21年)までの村名。駒林川と大通川に挟まれた地域に位置する[4]
1883年(明治16年)に里飯野新田地先が改称して成立し、1888年(明治21年)に内沼村の一部となる[4]
里飯野新田(さといいのしんでん)
1868年(明治元年)から1883年(明治16年)までの村名[7]
高田村新田地先(たかだむらしんでんちさき)
江戸時代から1889年(明治22年)までの村名。福島潟の南岸、大通川の右岸に位置する[8]
宝暦年間から十三人衆の請負開発が始められ、文化年間頃に成立したとされる。1889年(明治22年)に内沼村の一部となる[8]

年表[編集]

世帯数と人口[編集]

2018年(平成30年)1月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字 世帯数 人口
内沼 177世帯 608人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[9]

番地 小学校 中学校
156番地~2033番地
甲(全部)
乙(全部)
丁32番地〜丁33番地
丁809番地~丁881番地
新潟市立豊栄南小学校 新潟市立光晴中学校
丁580番地1~丁587番地1
丁765番地2
丁1464番地〜丁1465番地
新潟市立葛塚東小学校 新潟市立葛塚中学校

交通[編集]

道路[編集]

脚注[編集]

注釈

  1. ^ 新鼻橋周辺の新井郷川左岸も嘉山であるため

出典

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  1. ^ a b 住民基本台帳人口 (全市・区役所・町名別) - 町名別住民基本台帳人口”. 新潟市 (2018年2月13日). 2018年3月5日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年3月5日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年3月5日閲覧。
  4. ^ a b c d e f 角川地名15、p.208
  5. ^ 『豊栄広報』第137号 p.9 (PDF) (1973年7月20日)
  6. ^ 『豊栄広報』第217号 p.3 (PDF) (1978年7月31日)
  7. ^ 角川地名15、p.605
  8. ^ a b 角川地名15、p.811
  9. ^ 通学区域一覧(町名別五十音索引)”. 新潟市 (2017年4月1日). 2018年3月5日閲覧。

参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典 編纂委員会『角川日本地名大辞典 15 新潟県』(株)角川書店、1989年10月8日。ISBN 4-04-001150-3

関連項目[編集]