八雲駅

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八雲駅
八雲駅舎(2008年10月19日)
八雲駅舎(2008年10月19日)
やくも
Yakumo
H55 山越 (5.1km)
(7.2km) 山崎 H52
所在地 北海道二海郡八雲町本町125番地1
駅番号 H54
所属事業者 JR logo (hokkaido).svg北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 函館本線
キロ程 81.1km(函館起点)
電報略号 クモ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度-
250人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1903年明治36年)11月3日
備考 社員配置駅
みどりの窓口 有
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八雲駅(やくもえき)は、北海道二海郡八雲町本町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)函館本線である。駅番号H54電報略号クモ

八雲町の代表駅で、優等列車特急「北斗」・「スーパー北斗」が停車する。かつては寝台特急北斗星」・「カシオペア」、快速アイリス」も停車していた。なお、寝台特急「トワイライトエクスプレス」、急行はまなす」は通過していた。

道内最西端に位置する駅である[注 1]

歴史[編集]

1976年の八雲駅と周囲約1.5km範囲。右下が函館方面。駅裏には青い屋根の雪印乳業八雲工場[注 2]前へ膨らんだ側線とその左の農協倉庫引込線がある。3棟の大きな赤い屋根の農協倉庫の北側の空き地に灰色の基礎が残されているが、ここに八雲鉱業所の索道原動所とホッパーがあった。かつては道路を越えて八雲飛行場内へ引き込まれていた引込線[注 3]もあった。また、長万部方面の駅北西側のカーブ付近から左方の遊楽部川岸へ向けて砂利線が分岐していた。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

駅構造[編集]

改札口

駅舎に接して単式ホーム1面1線、奥に島式ホーム1面2線とあわせて2面3線をもつ地上駅。このほかに側線を数本持ち、のりばは駅舎側から1番のりば、2番のりば、3番のりばとなっている。ホーム間の移動は跨線橋で行なう。待避線は上りの貨物列車が待避のために使用する。

社員配置駅だが早朝と夜間は駅員不在。冬期間のみ当直勤務がある。みどりの窓口(営業時間7時00分 - 19時30分)、キヨスクがある。駅舎コンクリート平屋建てである。自動改札機は設置されていない。

のりば
1 函館本線 (上り) 函館方面
2 函館本線 (下り) 長万部東室蘭札幌方面
3 函館本線 (下り) 貨物列車待避

利用状況[編集]

乗車人員推移
年度 1日平均人数
1999 444
2000 413
2001 387
2002 365
2003 350
2004 345
2005 356
2006 350
2007 330
2008 315
2009 296
2010 275
2011 269
2012 270
2013 250

駅周辺[編集]

隣の駅[編集]

※特急「北斗」・「スーパー北斗」の隣の停車駅は列車記事を参照。

北海道旅客鉄道(JR北海道)
函館本線
普通
山越駅 (H55) - 八雲駅 (H54) - (鷲ノ巣信号場) - 山崎駅 (H52)

2016年3月25日までは当駅 - 山崎駅間に鷲ノ巣駅があったが、利用者僅少のため信号場へ格下げになった。

その他[編集]

現在整備新幹線として計画中の北海道新幹線における八雲町内の駅は、八雲駅ではなく別の位置に設置され、新八雲駅(仮称)となる予定である。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 無人駅も含めると、山崎駅との間にあった鷲ノ巣駅(現・鷲ノ巣信号場)が最西端であったが、鷲ノ巣駅は2016年3月26日に廃止されたため、当駅が完全に道内最西端となった。
  2. ^ 改定 八雲町史 上巻 昭和59年6月発行。前身は大日本乳製品八雲工場で大正11年操業開始。その後昭和8年明治製菓に買収され、昭和16年より北海道興農公社の傘下に入り、同社の八雲工場となる。さらに昭和22年に組織変更により北海道酪農協同八雲工場となるが、GHQによる集中排除法により分離して、昭和25年1月から雪印乳業八雲工場となった。
  3. ^ a b c 改定 八雲町史 上巻 P279。旧陸軍八雲飛行場は戦後米軍により一旦破壊されたが、朝鮮戦争に対処するため米軍が飛行場を再建設した。その際に、燃料補給用として隣接民有地を買収し拡張した敷地へ専用線が敷かれた。昭和33年3月に防衛庁へ移管後はこの飛行場自体が使用されず遊休地となっていたため、引込線も撤去された。
  4. ^ 工場は大正11年に操業が開始されたが、大正12年版全国専用線一覧には記載がなく、次の昭和5年版から記載されている。作業距離約0.2km - 0.5km。
  5. ^ a b 改定 八雲町史 上巻 P781-784。鉛川の山元からの索道は延長17km。

出典[編集]

  1. ^ a b c d 改定 八雲町史 下巻 昭和59年6月発行。
  2. ^ 北海道鉄道百年史 下巻、P57-58 及び巻末年表。
  3. ^ 改定 八雲町史 上巻 P756。
  4. ^ 『道南鉄道100年史 遥』 北海道旅客鉄道函館支社 2003年2月発行。
  5. ^ 『道南鉄道100年史 遥』P98。
  6. ^ 停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II、P808。
  7. ^ “駅番号表示(駅ナンバリング)を実施します” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2007年9月12日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2007/070912-3.pdf 2014年9月6日閲覧。 
  8. ^ “11月以降のダイヤについて” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2013年9月20日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2013/130920-1.pdf 2014年7月5日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]