八橋城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
logo
八橋城
鳥取県
別名 大江城
築城主 行松氏
築城年 大永4年(1524年)以前
主な城主 行松氏杉原盛重杉原景盛南条元信
位置 北緯35度30分12.6秒
東経133度40分23.8秒
座標: 北緯35度30分12.6秒 東経133度40分23.8秒

八橋城(やばせじょう)は、鳥取県東伯郡琴浦町に所在した日本の城。城跡はJR八橋駅のすぐ横にあり、線路によって二分される。大江城とも呼ばれる。

概要[編集]

城跡の丘を北から望む
酒井片桐飛行殉難碑

戦国時代、東伯耆の要衝である。行松氏歴代の城であったが、尼子氏毛利氏の争乱の舞台となった。

城跡には飛行機を形どった「酒井片桐飛行殉難碑」がある。1932年(昭和7年)、朝日新聞社機が日満議定書調印のニュースを積んで、満州からの帰途、八橋沖に墜落した殉難の碑である。

また南麓にある「泰玄寺」は城主代々の菩提寺と伝え、『伯耆志』には杉原盛重の実の墓が所在すると記される。

構造[編集]

  • 「大手は東向き、本丸の高さ麓より26間、境地南北32間、東西23間、巡り87間あり云々」と記録に残る。

歴史[編集]