八幡暁

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八幡 暁(やはた さとる、1974年9月17日 - )は日本の冒険家東京都出身。専修大学卒業。

大学時代、八丈島で素もぐり漁をはじめる。大学卒業後は世界各地の漁師の仕事を見ながら、国内外をまわる。シーカヤックに出会い、更なる海の可能性を見出す。『海とともに暮らす人々は、どのように生きているのか』をテーマに、2002年にオーストラリアから日本までの多島海域を舞台に人力航海の冒険をスタート。世界初となる航海記録を複数持つ。

手漕屋素潜店ちゅらねしあ[1]「番頭」としてガイド業、各地で講演、執筆を行っている。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

野球アメリカンフットボールと、小さい頃から運動が好きだったが大学時代に挫折。その頃、東京都の八丈島にて、身体一つ、銛一つで素潜漁を行う人達に出会い、人生の転機が訪れる。海の中には、見たことない魚が泳いでおり、食べてみれば、美味しい。なぜ市場にこうした魚が売られていないのか。海の近くで暮らしている人には食べられているものが、街にはない。また、八丈島に生きている人の幸せそうな姿に、地域の素晴らしさを感じる。世界の海に生きる人々に会ってみたい、就職している場合ではないと思い、1998年に専修大学卒業後は、国内外の漁村巡りを始める。

カヤックとの出会い[編集]

徒歩とヒッチハイク、バックパックに手銛と足ヒレというスタイルで、国内外の漁村巡りをはじめて3年。漁師さんから漁を学び、海外では自分で獲った魚を売りながら旅をしていたが、道が繋がる世界にしか行けていないことに気づく。本当に見たい海の世界は、船もでていないような島々だった。そんなときに海を渡る道具、シーカヤックに出会う。はじめて乗った時、「足ヒレを使って泳ぐよりも早い」ことに感動し、オーストラリアから日本まで行くことを決めた。

グレートシーマンプロジェクト[編集]

世界最大の島嶼海域であり、情報が少ない海域であるオーストラリアから日本までの海。スンダランドと呼ばれた大陸からの人の拡散のルートは、日本にも通じているのであれば、そこに生きる人々の暮らしは、今の日本人の海の暮らしとも通ずるものがあるのではないか、と計画を立てる。当初、人力のカヤックでオーストラリアから日本まで漕ぐことは無謀、と評されるもの、2002年にグレートシーマンプロジェクト[2]をスタート。オーストラリアからニューギニア島へ渡ることを狙った一回目は、相棒と2人でスタートの挑戦だったものの、いきなりカヤックも含め全財産を海で喪失し、あえなく帰国。結果的に、2年目から単独行となる。つまり単独行、無伴走というような記録を狙っていたわけではないことがうかがえる。全行程1万キロほどの中で予想される難しい海域ベスト5は既に終え、残すところ2000㎞(2014年12月現在)となっている。この航海は昔の人がやっていたことの追随体験であり、冒険家と呼ばれるようなことは一つもなく、むしろ探検や文化人類学の要素が強い、と本人は言っている。なお、グレートシーマンプロジェクトとは、本人がグレートシーマンなのではなく、各地の海と共に生きる人々(こどもから大人まで)のことを指している。

黒潮源流域調査[編集]

2009年、黒潮の源流域に暮らすフィリピンの人々を調査したいとの依頼を、高知大学山岡耕作教授(当時)より受け[3]、シーカヤックでしかアプローチ出来ないような漁村を3年間かけ、南北1000㎞に渡って各パート4名で調査した。日本人に馴染みのある黒潮は、フィリピンのどのあたりから流れとして感じるようになるのか、またその海域の人々はどのように暮らしているのか。文明の力が、自然の力に押されている暮らしの様子は、100年前の日本のようであると伝えている。

NPO法人 海遍路[編集]

日本の海の暮らし、知恵が急速に消えつつあることに気づき、人力のシーカヤックでお遍路さんのように漁村を訪問する海遍路[4]の計画を立てる。海の暮らしを経験したことのないゲストと共に旅し、人間の都合で物事は進まないという実感を経験し、現場に生きる人達の世界を同じ目線にたって話を聞いて考えるが基本姿勢。研究者、経営者、写真家、ライターなど、ジャンルを越えて人と地域、都会を結びつける活動を目指している。暮らし、遊びからの実体験を得ることで、その土地の自然観を再考するきっかけになり、地域の価値を見出す力になり、自分の地域、他者の地域を思う心持ちが生まれると考えている。2013年までに、四国一周を終え、2014年は宮城県、2015年は有明海へ。日本全国の海への展開を見せている。神奈川新聞[5]でも上、中、下と3日間に渡り詳しく取り上げられた。

名言[編集]

  • 「潜れる海があれば死なない」
  • 「身の丈+10センチの冒険を」

主なカヤック歴[編集]

  • 2002年 オーストラリアから日本へ向け人力航海開始
  • 2003年 インドネシア パプア州(ニューギニア島南西岸)700kmをニューギニア人パートナーとともに世界初横断
  • 2004年 神奈川県〜沖縄 2250kmをシーカヤック単独無伴走で初漕破
  • 2005年 八重山諸島西表島〜沖縄本島那覇縦断 500kmをシーカヤック単独無伴走成功 世界初
  • 2006年 台湾〜与那国島 黒潮横断 140kmをシーカヤック単独無伴走成功 世界初[6]
  • 2006年 与那国〜西表島 77kmをシーカヤック(9名)で横断成功(伴走船付き)
  • 2007年 フィリピン〜台湾 海峡横断をシーカヤック単独無伴走成功 世界初
  • 2008年 八丈島〜鎌倉 海峡横断をシーカヤック単独無伴走成功 世界初
  • 2008年 フィリピンパラワン州300km 3名のチームでシーカヤックで海峡横断成功
  • 2009年 インドネシア ジャワ島〜バリ島1000km 夫婦でシーカヤックによる横断 失敗
  • 2010年 フィリピン 高知大と黒潮源流部共同調査行第一パート カタンドアネス
  • 2011年 フィリピンパラワン州 シーカヤック単独無伴走、海峡横断 成功
  • 2011年 フィリピン 高知大との黒潮源流部共同調査行第二パート ポリリョ諸島
  • 2011年 第1回 四国一周「海遍路」高知編
  • 2012年 第2回 四国一周「海遍路」徳島香川編
  • 2012年 インドネシア:東ヌサトゥンガラ遠征
  • 2013年 フィリピン 高知大学大学院黒潮圏総合科学専攻[7]との(黒潮源流部共同調査行)最終パート ルソン島北東部 漕破
    • (グレートシーマンプロジェクト航行記録 〜黒潮の源流部へ③[8]
  • 2013年 第3回 四国一周「海遍路」愛媛編
  • 2014年 第4回 海遍路:宮城(閖上~気仙沼)
  • 2015年 第5回 海遍路:有明海(熊本~長崎)
  • 2015年 第4回 インドネシアタニンバル諸島遠征
  • 2016年 第6回 海遍路:神奈川(小田原~横浜)[9]

主な出演番組[編集]

テレビ

ラジオ

関連書籍[編集]

雑誌

新聞

脚注[編集]

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  1. ^ 手漕屋素潜店ちゅらねしあ http://www.churanesia.jp/
  2. ^ グレートシーマンプロジェクト http://www.churanesia.jp/gsp/index.html/
  3. ^ 【地球人間模様】@フィリピン「黒潮の源流を行く」- 47NEWS、2011年07月13日、森保裕
  4. ^ 海遍路 http://umihenro.jp/
  5. ^ 神奈川新聞 2014年6月28日 http://www.kanaloco.jp/article/78904
  6. ^ シーカヤックで台湾-石垣 白保の八幡暁さん計画 - 八重山毎日新聞 2006年5月11日
  7. ^ 高知大学大学院黒潮圏総合科学専攻 http://kuroshio.cc.kochi-u.ac.jp/
  8. ^ 航行記録 〜黒潮の源流部へ③ http://www.churanesia.jp/gsp/route.html
  9. ^ 第6回 海遍路神奈川 (神奈川新聞) http://www.kanaloco.jp/article/173721
  10. ^ 情熱大陸 2012年02月26日放送 八幡暁 - 毎日放送

外部リンク[編集]